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13-54:天の光は全て星 上

「今、レッドタイガーに掛けられているリミッターを外す……プロテクトの答えは分かってるんだ」


 父の戦艦に対して現状の武装で対応ができないのなら、今こそダン・ヒュペリオンが課した枷を外すべき時だろう。ノーチラスのコンソールからレッドタイガーのプロテクトに干渉し、以前には解けなかった十個のプロテクトを解除しようと試みる。


「……水を差すなと言ったのは俺だが、良いのか?」


 作業を続けている傍らで、船内のスピーカーからアラン・スミスの低い声が聞こえた。先ほどはテンションが上がっていて攻撃的になっていたのだろうが、この人は案外人が良いので、リミッターを外すというのは自分が父を見殺しにするというのを気遣ってくれたのだろう。


 とはいえ、自分の腹積もりは決まっている。あの人が自分に解除コードのヒントを託したのは、むしろこの時のことを想定してのことに違いないのだから。


「あぁ、良いんだ……あそこにいるのは僕の親父じゃない。僕の父、ダン・ヒュペリオンは、僕を守って極地基地に散った。あそこにいるのは、一万年の時を生き、原初の虎との決着を望む、フレデリック・キーツというただ一人の男だ」

「……分かった。それじゃあ、解除を頼むぞ、シモン」


 通信が切れ、自分はコードの解除に専念することにする。解除コードは一つ一つ解除する物ではなく、十個を正確な順番に、さらに同時に入力する必要があり、一度でもしくじれば解除コードの入力は破棄され、永久に解除のタイミングを失う。そのため、総当たりのような解除はできないのだが、知ってさえいればコード自体は至極単純だ。星になった息子たち、それは――。


「始祖トバルカイン……続いてイサク、ヨセフ、マルコ、ヤコブ、レメク、マナセ、イザヤ、そして……」


 ダン。フレデリック・キーツがその身を奪った息子たちの名前を順々に打ち込んでいく。なぜあの人が解除コードに継承の儀式で奪ってきた息子たちの名前を設定したのか、それは自らの罪を忘れないように自戒の意味を持って決めたように思う。


 そして、レッドタイガーを作った時にはキーツは自分の体も使う想定だったに違いない――そうなれば、十個目のコードは自分の名前だ。しかし九つ目の名前を入れたタイミングでコード画面の端に別のウィンドウが現れ、まだ存命だった時の父が――老いたダン・ヒュペリオンが映し出された。


「……よう、シモン」


 一年ぶりに聞いた父の声に思わず手を止め、映像に見入ってしまう。彼の根城だった夜の工場の応接間のソファーに腰かけ、ダンは照れくさげに苦笑いを浮かべ――少しの沈黙の後に、その立派な口髭を再び揺らし始めた。


「この映像をテメェが見ているってことは、テメェがノーヒントからまさかの答えを当てたのか、はたまたオレの身に何かあったのか……まぁ、概ね後者だろう。

 もしくはシモン以外が解析してコードを当てたって可能性もあるかもしれないが……テメェがレッドタイガーのロックを解除してくれたことを祈る」


 ダンはそこで一度言葉を切り、膝の上で手を組みながらうなだれる。


「原初の虎にレッドタイガーを託すっつうのは、とんでもねぇ墓穴を自分で掘ったってことになるんだろうが……まぁ、オレもただでやられてやるつもりはねぇ。アイツはオレの同僚たちを暗殺してきた因縁の相手だし……何より、オレは一万年間、アイツの幻影を追い続けてきた。きっちりと白黒をつけたいんだ。

 それで、アレだ。テメェは気にするんじゃねぇぞ。オレの肩には、重すぎる罪がどっしりと乗っかっていやがる。そしてそんな男に対して、相応しい死神がやってきたと言うのなら、それは素直に受け入れるべきってことなんだろう。

 それに……長く長く肉の器ってヤツに縛られてたが、やっと解放されるってんだ。それで自由に星の海を漂えるってんなら、そいつはなかなか上等だろう?」


 そこまで言って、ダンは再び顔を上げた。そこには、すべてを諦めたような、同時に覚悟が決まっているような、ある意味では憑き物の落ちたような表情があった。


「だが、お前は簡単にオレ達の所に来るんじゃねぇ。テメェがガキん時の夢を捨ててねぇって言うのなら……お前は自分の知恵と努力で宇宙へと出てくるんだ。

 宇宙は過酷だ。本当なら人が出てこれるように作られちゃいねぇ。無重力の真空状態で、あぶねぇ放射線がどこもかしくも覆いつくしていやがる。だが、それでも……」

「……星屑は星の海の夢を見る。どんなに過酷な環境でも、宇宙そらを夢見る男は……その衝動を止めることなんてできはしないのさ」


 ダンはこちらの返答を待っていたかのように少し黙り、こちらの言葉を分かっているかのように目尻に皺をよせながらカメラを見つめ――そして全てを納得したように、目を閉じて大きく頷いた。


「もう十個目のコードは分かっているだろうが、テメェはまだ星になった訳じゃねぇ。テメェはお前の力でオレ達と同じ所まで来て、共に星の海を旅するんだ。

 オレ達は一足先に本物の星屑となって、テメェが来るのを楽しみに待っているぜ。それじゃあ、またいつか会おうぜ、シモン」


 そう言いながら、父は気障な仕草で右手を掲げた後、左手を伸ばしてカメラを切ったようだった。まったく、年甲斐のないポーズを取って、まったく似合ってない――そんな心とは裏腹に、自分は泣き出したいような気持ちで一杯だった。


 父は元から、自分の身体を奪うことは考えていなかったのだ。いや、元々は考えていたのかもしれないが――恐らくこの星にアラン・スミスが現れたことでこうなることを予測し、全てを終わらせるために自分と仇敵である原初の虎に全てを託したのだろう。


 父は、ダン・ヒュペリオンの魂は――フレデリック・キーツはこの戦いから解放されることを望んでいる。相応しい男に、相応しい技で葬られることを望んでいるのだ。なれば、迷う必要などない。


「……それじゃあ、少しの間お別れだ……また宇宙で会おう、親父……!」


 最後のコード、これから星の海に挑戦する男の名を打ち込むと、画面には「code:BT unlocked」の文字が映し出されたのだった。

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