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3-9:アガタ・ペトラルカと黙秘権 上

 シンイチと散歩をした次の日の昼、自分は城壁の外へと出ていた。理由は、完成したアイディアをクラウに見せるため。別に彼女が駐屯地に戻ってきてからの依頼でもよかったのだが、屋内にこもっていても暇だし、外の空気を吸おうと出てきた次第である。


 ジャンヌ達の襲撃がある前にも、こんな風に外でせわしなく人々が働いていたのを思い出す。とはいえ、今日はあの時よりも大人数が外に出張っているのだが。


 しかし、 クラウのやつはどこにいるのか、それが分からない。来る前はのんびり探せば良いか程度に思っていたが、全長二十キロあると言われている外周のどこにいるかも分からない相手を探すには、少々無謀だったかもしれない。


「……あら、見覚えがある顔があると思ったら、アランさんじゃありませんか」


 名前を呼ばれ、声のしたほうを見ると、紫髪の少女が柔らかな笑顔でこちらを見ている。彼女とも話してみたかったので丁度良かったかもしれない、近づいて声をかけることにする。


「よう、アガタ。精が出るな、お疲れさん」

「ふふ、ありがとうございます……しかし、アランさんは何故こんなところへ?」

「あぁ、クラウにちょっと用があってな……どこにいるか知っているか?」

「えぇ、現在、結界の修復を取り仕切っているのは私ですから……あの子がサボっていなければ分かる、になりますが」


 皮肉を言いながら笑うのは、クラウのことを馬鹿にしているとか嫌っているとか、そういう雰囲気ではない。むしろ彼女のことをよく理解しており、そのうえで信頼している――クラウはいい加減だからサボりそうだが、根は真面目だからしっかりとやっている、そう思うからこその言葉であるように見える。


 そんな風に推測をしている傍らで、アガタはぽん、と手を叩いた。 


「よろしければ、案内しましょうか? あの子、私が居たら怒るでしょうから、近くまで、ですけれど」

「それはありがたい、頼むよ」

「それでは、参りましょう……着いて来てください。少し距離はありますが」


 少し距離があるのは、逆に色々質問するには丁度いいだろう。アガタの横に並んで声をかけようとすると、向こうから声が上がった。


「……多分、私がティアのことを教会に報告したのはなぜか、それを聞きたいんですよね?」


 色々聞きたいことはあったし、なんなら人となりから確認しようと思っていたのだが、向こうが核心を出してくれたのなら、それに乗らない手はない。


「あぁ、話してくれるのか?」

「いいえ、黙秘権を行使します」

「おい、今のは普通に話す流れだろう?」

「いえ、アランさんが一番知りたいことだと思ったので、先手を打ったまで……ちなみに、あの子は何て言っていました?」


 なんと言っていたか、そもそも事情を聞いた時には、アガタの名前すらきちんと覚えていなかったのだが――なんとか脳の隅っこに残っている記憶をほじくり返してみることにする。


「えぇっと……確か、ペトラルカ家としての誇りがあるから、絶対に勇者パーティーに同行したいため、自分を陥れたんじゃないか……そんな風に言っていたな」

「成程、あの子はそんな風に思っていたんですね……」

「違うのか?」


 こちらの誘導に対して、アガタは不敵に笑う。


「その手には乗りませんが、少しだけお答えします。あの子の推測は、全部が嘘ではありません。私も、勇者パーティーの一員となるべく研鑽を積んでいましたし、家名もそれなりに大事には思っています……でも、そんなことは些末なことです」


 アガタはこちらから進行方向に向き直り、独り言のように続ける。


「……勇者の同行者は、クラウディアになる方向性で話は進んでいました。理由は二つ、私と彼女の実力が拮抗していたこと。そしてもう一つは、教会内部ではレム派よりルーナ派の方が影響力があるからです。

 クラウ自身は派閥に興味は無いようでしたが、それでもルーナ派からすれば、レム神の信徒である私が同行者になるより良い……そういう判断があったのでしょう」

「……それで、選ばれるために友達を売ったと?」

「えぇ、そうです。ルーナ神は自身の信徒に絶対の忠誠を期待している。その心の内にもう一つの人格を宿しており、それが別の神を信仰しているとなれば、許されないだろうと……そう判断しました」


 アガタは躊躇なく頷き、冷静に事情を話した。その潔さにはかえって違和感がある。もちろん、こちらもカマをかけるために強い言葉を使ったのもあったが、普通ならそれに対して嫌悪感が出るほうが普通に思う。結果として友を裏切ることになったとしても、それを他人から指摘されたらいい気はしないはずだからである。


 その心は、アガタ自身が罪を認めているから――友達を売った、それを自ずから理解して行動したから認められるのだろう。そして何となくだが、アガタはクラウディアのことを憎からずに思っている、そんな気もした。思い返せば昨日の憎まれ口だって、どうでもいい相手なら言う必要だって無かったはずだ。


 この推測を確信に変えたい。少なくとも、お互いにいがみ合っていると思いながら二人の関係を見ているよりは、こちらの気分も楽になるはずだ。


「……質問を変える。クラウのことは、今でも友達だと思っているのか?」


 こちらの質問は完全に予想外だったのか、アガタは唖然とした表情を見せる。


「不思議な質問をしますね。あの子からあんなに嫌われているのに?」

「別に片思いだって構わないだろう」

「ふふ、それは確かに……でも、それにも黙秘権を行使します」

「そうか、それは残念だ」


 言葉にはならなかったが、態度には出ている。だから、別にこれ以上、変に深堀することもないだろう。相手もこっちが察したのを理解しているのだろう、小さくため息をついている。

 

「……アランさん。私は、あの子に許されないことをしたと自覚しています。そして、その事情を話せないのならば、クラウディアとの関係性について、誰からも味方をされてはいけないのです……だからどうか、貴方はあの子の味方でいてあげてください」


 そう言って遠くを見つめる少女の顔は、どことなく達観しており、そして寂しそうだった。どうしてここまで言えない尽くしなのかは謎だが、それでもアガタ・ペトラルカは悪人ではないということが理解できただけでも、こちらとしては前進だろう。


「一個だけ分かったことがある」

「なんでしょう?」

「アガタ、君はきっとクラウのことを大事に思っているし、同時にやむを得ない事情があったんだと思う」

「二個になってません?」

「あー、言い方を変えよう。君はきっと悪い奴じゃない、それが分かったんだ」


 こちらが小さく指を射すと、アガタは一瞬だけ唖然とした表情を見せ、しかしすぐにため息を吐きながら小さく微笑んだ。


「ふぅ……成程、風の噂には伺っていましたが……アランさん、貴方は変わり者ですね」

「平凡って言われるよりは面白くていいな。しかしそれ、誰情報だ?」


 アガタの仲間で割と会話したのはシンイチぐらいしかいない。しかし、アレも昨晩の話で、アイツと別れた後にシンイチとアガタが話をしたとは考えにくい。無論、クラウは論外だ。そうなれば、誰から聞いたのか気になるが――。


「……これにも黙秘権を使うか?」

「えぇ、そうさせていただきます」


 アガタは涼し気な表情で後ろ髪をかき上げた。まぁ、昨日か今日の朝かに、自分のあずかり知らないところで話題に上がっただけだろう。それでも、変わり者と言われるような話題だったのかと思うとどうかとも思うが。


 しかし、まだ目的地まで距離はあるらしい。聞きたいことは終わったので、雑談でもすることにしようか。


「そう言えばだが、さっきルーナ神は自身の信徒に絶対の忠誠を期待している、とか言っていたな。慈愛の女神だって聞いてたが、なんだか印象と違うんだな」

「そう、ルーナ神はおファックなんですわ」

「ファっ!?」


 普段のお嬢様言葉に乱暴な表現が乗っかり、こちらとしても変な声で驚いてしまった。アガタもマズいと思ったのか、口元に手を当てて視線を泳がしている。


「も、申し訳ございません、その、舌足らずで……その、おファ、ファ……不安を、フア……ファーめんどうくせーですわー!!」


 アガタは大きな声を上げてごまかしにかかってきた。辺りで作業をしていた連中も気付いたらしく、こちらの方が注目の的になってしまう。


「……こほん。アランさん、先ほどのことは忘れてくださいまし?」

「いや、死ぬまで忘れられなそうなインパクトがあったんだが……」

「頭に強い衝撃があると、人は記憶を無くすらしいですわよ?」


 そう言いながら、アガタは右手で握りこぶしを作って見せる。随分な細腕だが、補助魔法込みならあの鉄塊を振り回せる腕力になることを想定すれば、本当に記憶が飛ぶどころか、首が跳びかねない、物理的に。


「わ、分かった、記憶を失うのは得意なんだ……だから、落ち着いてくれ」

「ふぅ、分かってくれればいいのです。私も無益な暴力はふるいたくないので」


 アガタが拳を収めるのと同時にふと思った。教会勢はエキセントリックな奴が多い、間違いない。いや、たまたま知っている連中が変なだけかもしれないが。類は友を呼ぶというしな、クラウとアガタ、変わり者同士で元々は気が合ったのかもしれない。もしくは、単品同士ならそこまでだったのか、妙な化学反応を起こして面白くなってしまったのか――。


「……アラン君? 随分と楽しそうですね?」


 色々と考えていると、ふと横から低い声が上がる。そちらを見ると、全く面白くなさそうな雰囲気――口元はニッコリとしているが、目は全く笑っていないクラウが立っていた。

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