13-48:虎と技術者の因縁 上
「……危ない所だったね、ゴードン」
掛けられた声で飛びかける意識の中で声をかけられ何とか我を取り戻し、吹き飛んだ右腕の傷口と受けた内臓のダメージを回復魔法で治療する。次第に意識も明確になり始めて辺りを見回すと、そこは海と月の塔の最上部、普段はローザが居城としている一室へと移動していた。
そして室内には星右京が居り、どこか神妙な――彼本来の神経質さが出ているというべきか――表情で分割されたモニターを見つめていた。
「余計な真似を……と言いたいところだが、今回ばかりは助かったよ……まさか、魔術も武器もなく、七星結界を破ってくるとは思いもよらなかった」
「これで分かっただろう? 僕があの人を警戒する理由がさ」
「痛いほど身に染みた……もうあんまり相手をしたくないね。それより、状況は?」
「端的に言えば、そこまで大きな違いはない。深海のモノリスのコントロールを数パーセントほど晴子に奪い返されてアレイスター・ディックの右腕が吹き飛んだ。あとは、原初の虎が戻ってきたくらいだよ」
「成程……それで、どうするつもりなんだ? ハインラインとオールディスをつれて、一度月まで退避して体制を立て直すか?」
「いいや、そんなことをすれば塔のコントロールを完全に奪い返されてしまい、僕たちの計画が水泡に帰してしまう可能性がある。そうなれば、倒せそうなところから各個撃破していくのがベターだと思う」
「ふん、僕たちの計画ね……何やら君は独自に研究を進めて、もう海に捕らわれた魂が無くとも高次元存在にアプローチする手段を得ているんじゃないかい?」
こちらの質問に対して、右京は見慣れた薄ら笑いを浮かべた。内心を気とられないようにとしているこの状況こそ自分の言うことが図星だったのだろうという証拠なのだが、すぐに真面目な表情を浮かべて頷いた。
「その答えの半分はイエスだ。だが、確実じゃない。一か八か、成功するかも分からない手段だ。そうなれば、依然として海の魂を使うのがより確実な手段というのは間違いない。僕らはまずは塔の中にいる異分子たちを排除しよう」
「はは、素直に認めるなんて君らしくないじゃないか……それだけ追い詰められている証拠ってことかな? だが、原初の虎の相手はどうする?」
「それに関しては大丈夫だ……キーツが相手をしてくれる」
「お得意のハッキングか?」
「いいや、彼自身がやる気になったんだ」
そう言いながら右京が見つめるモニターには、確かに無敵艦隊が敵に向けて攻撃を始める様子が映し出されている。先ほどまでは右京が無理やり艦隊のプログラムを動かしていたはずだが――彼が自分を攻撃してきたのも右京が艦隊のコントロールをしている余裕が無かったせいだろう――今は確かに、右京が何をしていなくても整然と、力強く動いているように見える。
「どういうことだ? そもそも僕はアイツに邪魔されたから、敵艦を沈めることができなかったんだ……それがなんで、唐突にやる気になってるっていうんだ?」
「簡単なことさ。フレデリック・キーツにとって倒すべき敵はただ一人……今も昔も原初の虎だけだったんだから」
確かに、自分も情報としてはキーツとタイガーマスクの因縁は知っている。旧世界において、虎に対処するためにハインラインと共に策を練り、その度に様々なギミックを創り出し、そのすべてが破られたと――同時に、キーツは何人もの旧友を虎に屠られているとも。
だが、自分としてはあまり納得がいかなかった。自分や右京のやり方が気に入らないのなら、まず奴らと組んででもしてこちらと戦えばいいのだし、逆にACO側が気に入らないのなら自分達と組んで徹底して奴らと戦うべきだ。それなのにキーツの奴と来たら、中途半端にどちらも敵に回す様に動いているのだから。
「納得してないって顔だね? 確かに、合理的な判断じゃないことは僕も認めるさ。でもね……少なくともキーツはそういう男じゃないし、そしてその相手もキーツと同じ側の人間なのさ。
だから、あの二人が潰し合っている間に幾分か時間がある……そのチャンスを逃してはならないよ、ゴードン」
どこか愉快気に眺めていたモニターを切り、少年は塔のホールへと向けた空間の亀裂を創り出した。そして彼に促されるまま、自分は杖のレバーを口で引きながら再び戦地へ向かうことにしたのだった。




