13-47:The Bird and the Tiger 下
「おぉ……? おぉおおおおおお!?」
この感じ、過去にも味わったことがある。アレは、いつのことだったか――しかし猛烈な敵意が消えたのと同時に、一つの気配がこちらへ近づいてきているのに気付く。その存在に敵意は無く、凄まじい速度でこちらへと接近してきている。
「……アランさん! 私の手を!」
声の聞こえた方向に合わせて左腕を伸ばすと、空を飛ぶ何者かがこちらの手をキャッチした。するとすぐに落下が収まり――掴んでくれた者が引っ張っているというより、その手に触れている自分も不思議な浮遊感により飛んでいる、という方が正確なようだった。
「まったく……相変わらず無茶ばっかりするんだから」
上方からした声に顔をあげると、真っ先に羽が数本落ちてくるのが視界に入ってきた。炎と氷の美しい羽が過ぎ去ったその先には、金の髪の少女が見え――彼女は碧の瞳に涙を溜め、左手でこちらの手を強く握りながらこちらを見下ろしていた。
「ソフィア……それに、グロリア?」
考えるより先に二人の少女の名前が口から出ると、少女は一層感極まったように肩を震わせ、大粒の涙をこちらへとこぼしながら口を開いた。
「アランさん……おかえりなさい……!」
まったく、自分もまだまだだったと言えるだろう。敵意にばかり気を取られて、こんなにひたむきに自分の帰りを待ってくれていた少女たちの気配を感じ取るのが遅れてしまったのだから。
「……あぁ、ただいま、ソフィア、グロリア」
無事でよかったとか、なんで二人が一緒にいるんだとか、色々と聞きたいことも出てくるのだが、そんなことを聞くのは後でもいいだろう。二人の少女は自分との約束をずっと守ろうと、その魂を重ね、渦中にその身を投げ出し、そして一番早く自分を迎えに来てくれた――そのひたむきな想いに報いるには、ただ「ただいま」と答えるのが一番だと思ったから。
一旦足場のある所まで向かうためか、ソフィアはこちらへと近づいてきている船の方へと進路を取り始めた。その間、自分としては何もできることもなく、ただこちらの手を強く握ってくれているソフィアをゆっくり眺めることくらいしかできない。
「しかし、大きくなったなぁソフィア……綺麗になっていて最初誰だか分からなかったよ」
こちらの言葉に対し、ソフィアはなんだかむにゃむにゃと返答してきた。まだ涙が収まらないようで、キチンと呂律が回っていないようだ。そんな少女を見かねてか、肩に乗っている鳥の方が嘴を動かし始めた。
「大きくなったのはその通りだけれど、誰だか分らなかったと言うのはデリカシーが無いんじゃない? まぁ、アナタにそれを求めるのは酷かもしれないけれど」
「はは……君の方は相変わらずだ、グロリア」
「相変わらずって、アナタ……そうか、記憶が戻ったのよね……」
グロリアの方も段々と語尾が弱くなり、そのまま機械の鳥は俯きながら押し黙ってしまった。無言のまま船の上に辿り着き、後先考えずに飛び出した自分を救い出してくれたことに対する礼を言おうとすると、それよりも前にソフィアに思いっきり抱きつかれてしまった。
「アランさんアランさん! アランさん……もう離さないんだから!」
少女はこちらの名を呼びながら、胸に顔を思いっきり押し付けてきた。変身しているから多少マシになっているとは思いたいのだが、何せ一年以上海の中を揺蕩っていた以上、臭いとか大変なことになっているのではなど妙な心配を起こしたのだが――少女の方は全く離れてくれる気配はなく、より一層こちらを抱き寄せる腕に力が籠るだけだった。
そもそも、状況を完璧には把握できていないものの、まだこの空域には敵がいるのは確実であり、あまり悠長な事をしている場合でもないのだが――ひとまず敵側も一旦攻撃の手を止めているようであるので、自分もソフィアの頑張りに報いるため、その柔らかい髪に手を添え、その頭をゆっくりと撫でる。
そういえば、以前は頭に手を載せると「子ども扱いするな」と頬を膨らませていたものだが――今はこちらを離さないことに執着しているのか、こちらの為すことに対しての文句は飛び出てこなかった。
「これが、アナタの温もりなのね……」
ふと、胸のあたりからそんな声が昇ってくる。こちらのことをアナタと呼ぶのは、ソフィアでなくグロリアだろう。以前テレサに宿っていた時とは違い、二人は一つの器に上手く共存しているようであるが――ソフィアと同じくらい力強くこちらを抱きしめてくる彼女の頭を、こちらもただ無言で撫で続けることにした。




