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13-46:The Bird and the Tiger 中

 真っ暗な水底で、自分の体の周りだけは金色の光が渦を巻いていた。目の前にあるガラスシリンダーは砕けており、その中にはもはやサイボーグの残骸はない。同時に、クローンの身体が辺りを浮かんでいるということもない。あちらの世界でそうであったように、オリジナルとクローンとが互いに不足している部分を補い合い、一つの身体として再生したのだろう。しかしあちらと違う点を言えば、雑に手足がサイボーグと生身とで分かれているわけでなく、外見の雰囲気は生物的な部分が多いように見えるという点か。


 だが、感じる。この身は確かにオリジナルの物を継承している。エディ・べスターが作り上げた最強のサイボーグとしての機能は、確実にこの体の芯を走っている――その証拠に、クローンであった時よりも身体の底から力が湧き出てくるのだから。


 しかし、この海底からどう戻ったものか。左右の手を海中で強く握って身体の調子を確かめてから視線を移すと、ガラスシリンダーの直ぐ近くに巨大な鎖が垂れさがっているのが見えた。これは、地上に出るために垂らされた蜘蛛の糸。恐らく味方が用意してくれている物、そんな直感があった。


 鎖を強く握るのに合わせて、鎖が一気に巻き上げられ始める。本来なら急激な水圧の変化に身体が耐えられないはずだが、この体なら問題ない――そして徐々に海中が日の光で明るくなり始め、そのまま一気に海面を飛び出した。


 鎖は宙を浮かぶ船に――ピークォド号に似ているが、見た目は多少異なる――巻き取られ、収納される勢いを利用して宙を翻り、その船の上へと飛び乗る。そして、すぐさま辺りの気配の感知を始める。


 随分と気配が多いが、今は心も感覚も研ぎ澄まされている。辺りの様子は手に取るようにわかる。敵艦二隻に戦闘機が十三機、それに飛行型の第五世代型アンドロイドが百五十二体。だが、そんなものは大したことではない――強烈な殺気を向けてきている男が、こちらに向かって強力な一撃をしかけようとしてきている。アイツを放置しては自分を救ってくれた艦ごと沈められてしまうだろう。


「海から出てきたところ悪いんだがね! 新たな船ごともう一度海の藻屑となってもらうよ!」

『……復活したばかりだっていうのに、随分ドンパチ賑やかじゃないか……なぁ?』


 思わず癖で心の中でそう問いかけるが、残念ながら相棒からの返事は無かった。その事実にハッとしつつも、感傷に浸っている暇もない――アレイスター・ディックの体を操るあの男を一刻も早く止めなければならない。


 この身体でレッドタイガーを使えるかは不明だが、四の五の言っている場合ではない。アルジャーノンとの距離はおよそ二キロメートル、しかも重力のかかる上方に位置している。ADAMsを使って加速をして跳んでも間に合うはずだが、どうやら相手も高速で移動を続けながら魔術を編んでいるようだ。そうなれば、相手を遥かに上回る速度が欲しい。


 相手が魔術杖のレバーを引くのに合わせてベルトのバックルを弾くと、以前と同じように腰に針が刺さり――以前以上のパワーが身体の底から湧き出てくるのを感じる。眩い閃光が視界を覆うのと同時に奥歯を噛み、音の壁を突破し、宇宙船の屋根を滑走路代わりに利用して走り、その先端から自らの身体を弾丸の如く撃ちだした。


 自分で自分を弾丸と形容するのはちょっと格好つけかもしれないが、サイボーグの力とレッドタイガーの力が合わさった速度はそれ以上のものだった。その証拠に、加速した精神においてすら、ほとんど一瞬で相手の位置まで到達してしまったほど――バーニングブライト無しでそれと同等の速度を得ていることになる。


 こちらの突き出した拳に対し、デイビット・クラークと同じような防御プログラムが働いているのか、アルジャーノンは魔術を編むことを止め、寸でのところで七枚の結界を展開して突進に対抗してきた。


『おぉおおおおおおお!』


 心の中で叫びながら足を突き出し、相手の展開する結界を砕いていく。加速した時の中、膜の向こうでは、男の表情がゆっくりと変わっていく――恐らく最初は何が起ったのか分からなかったのだろう、プログラムによって魔術を中断させられて唖然としたような表情を浮かべ、次第にそれは驚愕へと移り変わった。


 とはいえ、バーニングブライト無しでは結界を超えて相手に一撃を叩き込むには到らなかった。七枚目にヒビを入れたところで威力は減衰し、残った斥力によって弾かれてしまう。


 だが、それでは終わらない。腰のベルトから短剣を一本取り出し、それをヒビの中心に向けて放り投げる。既に効力をほとんど失っている最後の防護壁は、撃ちだされたナイフにあっさりとやぶられ、刃は男の突き出していた右の掌に突き刺さり――超音速で撃ちだされたナイフの威力はそれだけに収まらず、相手の右手を粉々に粉砕してしまった。


 旧知の身体に対して少々やりすぎとも思えるが、アルジャーノンなら身体強化の魔術を使用して多少ダメージを抑えるであろうということ込みでの攻撃ではある。しかし、粉々になった四肢を瞬時に回復できるだけの回復魔法は、自分の記憶の中に無い――片腕が使えなくなれば魔術杖を取りまわすのも難しくなるはずだ。


 ADAMsが切れるのと同時に――この体でも神経の負荷への負荷は変わらず、加速装置の常時発動は難しい――アルジャーノンの小さく呻く声が聞こえてきた。そのまま男の身体は吹き飛ばされて目は虚ろになり、意識が途絶えそうになっているようだ。ありとあらゆる魔術を扱う彼が、たかがナイフ一本で追い詰められているというのも不思議な感じはするが、弾丸並みの速度で撃ちだされたナイフに直撃した衝撃は全身を駆け巡っているはず。むしろ即死しなかっただけでも頑丈とも言えるだろう。


 そう思っていると、アレイスターの体が突如として空中に現れたヒビの向こうへと消えていった。右京が追い詰められたアルジャーノンを救うべく、JaUNTで救い出したか――それと同時に身体が浮遊感を失い、体が重力に引かれて落下を始めた。

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