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13-45:The Bird and the Tiger 上

 クラウディアが現世に旅発つのを見送ってから、自分はただ合図が来るのを待っていた。何やら彼女を探すのに丸一年歩き続けていたようだし、少しくらいノンビリする時間があってもいいだろう――そう想い、今までの出来事を改めて整理することにした。


 自分の魂もべスターやグロリアと同様に輪廻に向かわず現世に残っていた訳だが、彷徨っていた期間の記憶がある訳ではない。ただ、全うすべき責務を志半ばで果たせなかった無念だけが残り、魂の残滓となって残っていたにすぎない――それがレムによってクローンとして細胞を移されたことで蘇った、というのが事の顛末ということなのだろう。


 そうなれば事実上、自分は一万年の時をスキップして蘇ったようなものであり、デイビット・クラークを倒してアイツに爆散させられた次の瞬間には、この惑星の海の中でレムと会話していたということになる。


 今にして思い返せば、レムも上手く言葉を選んだものだ。彼女は自分の死因を少女を護るためにトラックに轢かれたからと言っていた。それは半分は事実であった。自分はその事故が原因で社会的には死んでいたのだから。


 自分の正体を他の七柱に感づかれないようにするには、直接的な死因を伝えて記憶が戻ることを避けたかったのだろうし、まさか旧世界の悪の親玉を倒した直後に仲間に裏切られて死んだなどと言われても、突飛な展開過ぎて嘘だろうと突っ込んでいたかもしれない。


 また、女神レムと初めて会話した時、彼女は自分の顔を見てどこか懐かしむ様な表情を浮かべていた。それも、彼女の中の伊藤晴子の記憶が呼び起され、どこか懐かしい気持ちに浸っていたせいなのかもしれない。サイボーグ化される前の自分に関するデータはACOによって上手く偽装されていたはずであり、本当の顔は右京すら知らなかったはず――だが、自分の声や喋り方ですぐにアイツにも見抜かれてしまったので、あまり偽装の意味も無くなってしまったのも運命の皮肉と言うべきか。


 そういう意味では、運命とやらは自分にも右京にも味方をしているとも取れるのかもしれない。もし高次元存在が右京を危険視しているとするのなら、もっと簡単に彼を排除できるような運命を辿らせたであろう。そもそも、彼を倒すのは自分ですらなくたっていい――かつて自分がデイビット・クラークを倒すために力を授かったのと同様に、他の誰かに右京を倒せる能力を授けさえすればいいのだから。


 そこに関する自分の考察としては以下のようになる。高次元存在はクラークの求めた「進化の到達点」には拒否的な反応を示したが、右京の求める「世界を無に帰す」は、一つの選択肢として受け入れているのではないかと。世界に意味を見出すために人を為して、無意味を返されるのは最高の反逆とも思ったものだが、もしかすると高次元存在としてはそれが一つの答えという風にとらえている可能性がある。


 それでも自分のオリジナルとクローンを引き合わせるまでに到ったのは――単純に右京の思い通りに挿せないのは――上位存在は別の可能性も見てみたいから。自分は右京のように世界に対して何か明確な答えなど持っているわけでもないし、世界に対して何か大きく期待しているわけでもない。ただ、アイツほど世界に対して絶望してもいない――ただ、上位存在にとってはその辺りが重要なのかもしれない。


 本当は、自分はアイツにこそそれを期待していたのだ。強い感受性と確かな言語化能力を持っているアイツこそが、世界に対して何か意味を見出してくれるんじゃないかと――アイツならそれを普遍的な何かに落とし込めるんじゃないかと期待していたのだが。


 ただ、アイツの本心も知らないで「世界の根本を変えるように戦ってくれ」などと依頼を出したのは滑稽だったといえるだろう。人の生を無意味と結論付けているのに相手に対して、何か意味を見出してくれ等と言ってしまったのだから。


 しかし、今でも別にアイツに自分の願いを言ったこと自体は間違えていたとも思わない。人の生を無意味と強く思うというのは、それだけアイツが人の生というものに固執していることに他ならないのだから。


 そんな考え事をゆっくりして幾許かの時間が経った時、幽世かくりよの空気がにわかにざわつき始めた。この感じは、こちらの世界の夜が明けた時と同じような雰囲気であり――そろそろタイミングかと思った矢先、いつの間にか自分の唇に何か細い糸のようなものがくっついており、それがにわかに引っ張られた。


 俺は魚じゃないんだぞ、そう心の中で突っ込んだ直後、自分の足元に光の道筋が現れた。ついに時が来た――思わず自らの口元が釣りあがり、ついでそのまま奥歯のスイッチを入れて走り始める。肉の器が無い状態では加速装置を起動することもないのだが、これはもはや自分が気合を入れる時の癖みたいなものであり、魂を震わせる儀式みたいなものである。


 未だ海に捕らわれている者たちの記憶にある風景が矢継ぎ早に切り替わり――街を超え、街道を超え、山道を超え、砂漠を超え、雪原を抜けて――最後に辿り着いたのは、光も差さない真っ暗な空間であり、同時に圧迫感と浮遊感との中に放り出された。

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