13-44:アラン・スミスの帰還 下
「涙ぐましい努力だが……僕はやると決めたことはやる性質でね。次こそは仕留めさせてもらうよ」
もう一度同じ魔術を撃たれたら、今度は防ぎきることはできない。避けることは可能かもしれないが、そうなったらあの人を護る盾が無くなってしまう。どうする――少女が悩んだその一瞬、また別の方から巨大な光線が射出されてきた。しかしその攻撃は、小夜啼鳥にとって敵だらけのこの空域において、魔術神に向けて放たれたのだった。
「くっ……邪魔をするのか、キーツ!」
その意外な一撃に驚いたのか、魔術神は魔術を編むのを中断し、自らを狙ってきた攻撃の主の方へと向けてそう叫んだ。確かに先ほどの一撃はフレデリック・キーツの戦艦から放たれたものであり、ソフィアやノーチラス号を狙ったものではなかった。その上、辺りで攻撃を中断していた戦闘機も、アルジャーノンに向けて一斉に攻撃を開始している。もちろん、魔術神を相手に機銃やミサイルの類などは通用せず、彼は風の魔術や結界でそれらを防いでいるのだが――様々な方向から行われる攻撃に対し、さしもの魔術神も少女達に意識を向けることができなくなっていた。
なぜ唐突に同士討ちを始めたのか、ソフィアは疑問に思った。確かにフレデリック・キーツは右京らに賛同している訳ではなく、その証拠に極地基地ではこちら側に立って参戦してくれた。先ほどまで敵対していたのは、偏に星右京に艦隊を操られていたからに他ならない。
ということは、塔のコントロールを取り戻すことに専念しているなどの要因で、現在右京は無敵艦隊を操れる余裕を失っているというのが妥当だろうか。ソフィアのその予測は正解でこそあるのだが、二柱が敵対した要因までは細かく分析できているわけではなかった。
「キーツのおじさま……」
グロリア・アシモフがコントロールする機械の鳥は、自らを護ってくれた人の名を呼んだ。グロリアは直感していた――あの人はきっと自分を守ってくれたのだと。
もちろん、記憶の中にはソフィアを気に入った様子もあったし、魔術神を好きにさせては息子のシモンに危害が及ぶなど、色々な感情があったのかもしれない。しかし、今彼がアルジャーノンに攻撃したのは、恐らく自分が要因だと思う――あの人にはファラ・アシモフに対する特別な感情があったことは知っているし、それとは関係なしに幽閉状態にあった自分を気遣ってくれていた。
もしかすれば、それは想い人の娘という捻じれた感情や、非人道的な実験や待遇に対して何も言えない負い目など、かなり複雑な感情があるのだろう。グロリアの方としても、キーツに対する評価に関しては、人柄が悪くなくとも、結局あの人を奪った組織で影響力のある人物ということで、その評価は複雑なものであったが――ともかく今、間違いなくフレデリック・キーツはチャンスをくれた。それだけは事実であり、そしてその事実はグロリアに不思議と温かい想いを抱かせてくれていた。
「ソフィア、チャンスよ。今のうちに向かいましょう!」
「……うん!」
小夜啼鳥は魔術神の相手をキーツに任せ、立ち昇る光を目指して飛び立った。近づいた時には、既にノーチラス号がその海底に向けてアンカーを撃ちだしていた。そして次第に光の渦が収まり、ノーチラス号から海底へとむけられた鎖が巻き上げられ始める。
海と月の塔の最深部、少年は鎖が巻き上げられているのを落ち着かない様子で見つめていた。あの場所は海底に異常な力場が発生しており、何があるのか分からなかった場所だった。そして、何となくだが計画の邪魔をする存在が眠っている場所であると直感していた場所でもあった。
しかしその力場をどうすることもできないまま一年が過ぎ、次第にそのことを忘れていった。考えないようにしていたというのが正しいかもしれない――ただ、計画が実行されるのが早ければ、自分はアレと向き合わずに済む。そう考えて金色の海の研究を進め、ある程度のコントロールも可能になり――ストレイライトもその成果の一つだ――もうじき全てを無に帰すという宿願が成就される所まで来ていたのだ。
そんなタイミングであの人が戻ってくるというのは、紛れもない運命のいたずらだ。いや、全ては高次元存在に仕組まれていたことなのか。そうなれば、やはり自身がデイビット・クラークと並ぶ脅威と認定され、それを打開するための上位存在は抑止力を温存していたのだ――少年はそう考えた。
それにキーツに指摘されたように、あの人が戻ってくるという予感は常にあった。だが同時に、仮に本当に蘇ったとしても、あの人がヘイムダル時点で見せていた力を鑑みれば、十分に抑え込めるはず――現状の戦闘力そのものはセブンスや小夜啼鳥、クラウディア・アリギエーリの方が厄介と言えるレベルであり、物理的にはいくらでも抑え込めるはずなのだ。
しかしそれでもイヤな予感が収まらないのは、皮肉なことに少年自身が、水底から浮上してくる人物が数字で語れないことをこの世界で最もよく理解しているせいだろう。少年は不可能を可能にしてきた伝説の虎の活躍を、最も多く目の当たりにしてきた生き証人なのだから。
最初の時は体内にある時限爆弾を使った。二回目はレムが掛けている自然治癒を排除して自壊させた――しかし今回は? 今度こそ確実に仕留められる手段無しに、あの人と対峙しなければならないのかもしれない。
そうなれば、あの人をどうやって倒す? 数字上、統計上ではいくらでも抑え込めるはずなのに、どう思考を回しても上手くいく気がしない――体中から汗が噴き出すのを感じるのと同時に、背後から少年のよく知る人物の声が背中にぶつかってくる。
「さぁ、来ますよ……今度現れるのは、星が夢見た紛いものではありません。かつてDAPA要人を震撼させた、伝説級の暗殺者……貴方が最も尊敬し、貴方が最も恐れた人、その本物が、あの水底から!」
タイガーマスク、邪神ティグリス、原初の虎――周囲のスピーカーからそれぞれ別の声で、様々な肩書が聞こえてくる。だが、あの人にもっと相応しい二つ名は別にある。それは、遥か昔にエディ・べスターが何気なく付けたありふれたコードネーム。少年自身がこの星において意味を持たせた、その名は――。
「アラン・スミス!」
すべての口から同じ名が呼ばれるのに合わせ、アンカーの先端が海面からその姿を現す。錨の上部に人影があり、その人物は鎖が収納される勢いを利用してそのまま艦の上へと着地した。
そして、海底から引き揚げられた男はやおら辺りの状況を見回す。外では未だ激しい戦闘が行われており――その中でもゴードンがノーチラス号を上空から撃ち落とそうとしているようだった。
それに対し、男はゆっくりと腕を回し始める。ボロボロの繊維の下に覗く腕は一見すると有機物で構成されているように見えるが、所々に継ぎ目のような黒い線が走っており、それがどこか機械的な印象を受ける。
そして彼の闘志に呼応するように、男の顔に黒い紋様が浮かび上がった。それこそ、かつて彼がタイガーマスクと呼ばれた証、本物の原初の虎が復活したという証拠である。
「……変……身!」
アラン・スミスは低い声でそう叫び、回していた右腕を素早く動かしてベルトのバックルを弾いた。すると、青年の体が強烈な光に包まれ――直後、ノーチラス号から伸びる赤い稲妻が黄金色の海の上空を走ったのだった。




