13-42:アラン・スミスの帰還 上
塔の最下層に到着すると、敵の襲撃はピタリと止んだ。自分たちの入ってきた場所にはチェンお手製の七星結界を展開する護符を張っており、物理的に侵入されないように心がけているのだが、それでもメインエレベーターが動作していないのが気になる。ともかく、ひとまずは一息付けるといったところか。
最下層の内部の構造は、以前の船であるピークォド号の動力室を想起させる作りだった。部屋のいたるところから様々な太さの配管が中央に向けてびっしりと敷き詰められており、そのパイプの向かう先である中央部分には、また巨大な機械が鎮座している。それは恐らくこの塔を制御する機械であるとともに、レムの本体である伊藤晴子が眠る棺でもあるのだろう――その中央部分には機械で覆われるようにガラスシリンダーが覗いており、恐らくあの中に彼女の身体が収められているのだ。
だからだろうか、旧世界における科学の粋で作られているであろうこの部屋は、機械で敷き詰められた未来的な印象を受けると同時に、どこか厳かな雰囲気を感じられるのは。たとえあの棺で眠るのが神などではなく、自分たちと同じように肉の器にあり、様々な感情に振り回されてきた一人の人間だとしても――未だに誰かのために祈り続けている一人の人が、あそこにはいるのだから。
「それではアガタ、アンクをそこに設置して」
レムに促されるがまま、アガタはアンクを機械に設置して、ホログラムの女神の指示のもとにコンソールを操作し始めた。自分もレムの指示に従って作業を手伝うのだが、如何せんプログラムというものの原理がちんぷんかんぷんであり、なかなかに作業は難航する。そもそも、自分は旧世界の文字が全く読めない――ソフィアはすぐに法則性を見出して理解していたのだから、あの子はやっぱり頭の出来が違うと思わされる。それと同時に、レムと旅をしている間にもう少しこういった勉強もしておくべきだったと後悔する。
とはいえ、主にはアンクに入っているレムがプログラムの書き換えなどはしてくれているようであり、自分たちの役目はあくまでも補佐的な物だ。部屋に入ってからものの二分で自分たちは役目を終え、あとは画面を見守るだけになる。
画面上に現れている進捗を表す棒が溜まっていくのを見守るのはなんとなく落ち着かないものがある。棒の動きは非常にゆっくりだが、それでも確実にレムが力を取り戻し、その目的はまさに今果たされようとしているのだ。
「……そこまでだ」
その声が響くのと同時に、画面の動きがピタリと止まってしまった。それどころか、画面には黒い窓のようなものが高速で浮かんでは消え、浮かんでは消え――素人目に見ても何かマズいことが起きているというのは直感的に理解できた。
ただ、いつまでも画面に向かって慌てている場合でもない。突如として現れた声の主が、どこからともなく攻撃を仕掛けてくるはずなのだから。まずは上方から降りてくる熱線を後ろに跳んで躱し、今後は左からくる刺突の一撃を結界で防ぐ。そこで相手からの攻撃の意志が一旦止み、メインエレベーターの扉の前に星右京が姿を現したのだった。
「……セブンスは僕を止められなかった。それなら、君が抑止力だというのか?」
「さぁ、どうでしょうね?」
少年は無表情に努めているが、自分の返答に対して僅かに眉をひそめたのを自分は見逃さなかった。彼の言いたいことは何となくだが分かっている――高次元存在からの刺客として、JaUNTを見破る相手が差し向けられており、それが自分やナナコかもしれないと勘違いしているのだろう。
だからこそ、自分は敢えてとぼけて見せた。実際の所、自分は高次元存在に誰かを止めて欲しいと依頼されて戻ってきたわけでもないし、それはナナコだって同様だ。ただ、高次元存在は可能性を見たいだけ――そのために少しだけ頑張る人に力を貸してくれているに過ぎない。
何より、もしも星右京に対する抑止力があるとするのなら、自分やナナコよりも相応しい人が居る。レムの狙いを挫いたと思い込んで涼しい顔をしているあの顔に、気持ちのいい一発を入れるべき人が自分以外に居るのだから。
「しかし、残念だったね晴子。海と月の塔のコントロールを奪い返し、深海のモノリスを使って海に捕らえられている第六世代たちの魂を解放しようとしていたんだろう? だが、それは……」
「……本当にそうだと思いますか?」
自分と同様に素気無い返事を返すレムを見て、今度こそ右京は露骨に不機嫌を顔に表す。
「もちろん、私は塔のコントロールを奪い返そうとしていました……しかし、それはあくまでも手段であって目的ではありません。そして私の目的は、たった数秒でもモノリスと接続し、ほんの少しだけ権限を復活するだけで達成されるモノだったのです」
「……なんだと?」
「本当は分かっているのでしょう? 私が何を考えているか……そして、この後に貴方の身に何が起こるのかも、全てね」
そう、本当は彼も理解しているのだ。この部屋にレムが辿り着いた時点で、こちらの目的は既に達成されているのだということを。しかしそれを頑なに認めたくなかっただけなのだろう。
瞳を閉じて、魂の深層へと意識を向ける。此方と彼方の境界線に向けて、魂の繋がる糸の絡まる人差し指を差し出し、それをグッと引き寄せる。これは準備が済んだという合図。こちらが指を引いたのに合わせ、確かに彼方からの反応を感じ――そして瞼を開けると、モニターに映っている光さす海面を見ながら右京が顔を青くしながら視界に入ってきたのだった。




