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3-8:夜の散歩 下

「僕はね、本当は他人が怖いんだよ。期待されるのが怖い、失望されるのが怖い、相手を怒らせるのが怖い……そうなれば、人との関わりを断てれば、自然と怖い思いをしなくて済む。

 だから、異世界……僕の故郷では、なるべく他人と関わらないように生きていたんだ」

「……そんな風には見えないがな。なんでも分かってますって面してるぜ、お前」

「ははは、怖いからこそだよ……なるべく人を失望させないように生きてきたから、他人の顔色を伺うのが上手いだけさ。相手が何を言ってほしいんだろう、何をしてほしいんだろう……それを考えるのは割と得意なんだよ。でも、それは僕が望んだものじゃない。疲れるだけなんだ」

「……まぁ、分からなくはない」


 自分にもその気が全くないと言えば嘘になる。無用な争いを起こさないため、面倒ごとを起こさないため、相手の思考を予想して、本心にもないことを言う事だってある。そして、それが自己嫌悪を生むこともある――きっとこういう性質は、誰でも大なり小なり持っているのだろう。それがシンイチの場合、大きいのかもしれない。


「ともかく、彼女の純粋な期待が怖かった。同時に彼女は賢い子だ……だから、僕が本当は意気地なしで、心の奥底に黒いものを持っているのがバレたら、失望されてしまうんじゃないかって……。

 今日の午前中だってそうさ、テレサとアレイスターに絆を信じているなんて言ったけれど、本心じゃない。もちろん、嘘でもないけれど、それでも彼女らとは分かり合えない部分はどうしてもあって。本当の勇者なら、きっと心の底から仲間を信じられるはずなのにね」


 いったん切り、シンイチは再びこちらに向き直る。


「だから自然と、ソフィアの前では萎縮してしまっていたんだ……こんな個人的な理由で彼女を傷つけるのも憚られたけれど、僕も……耐えられなかったんだよ。それで、彼女の師匠であるアレイスターと交代してもらったんだ。元々、彼にもそれだけの資質もあったしね」

「なるほどな」

「……責めないのかい?」

「そりゃ、ごまかす様な御託を並べられたら怒りもしたかもしれないが。お前の言う事は理解できたからな……それに、起こった事実が変わるわけでもない。しかし、勇者様にこんなことを言うのも恐縮なんだがな、一個だけ言っていいか?」

「なんだい?」

「お前はクッソ真面目だな」


 こちらの言葉に、シンイチは面を食らって唖然としている。今までどこか落ち着いていて物静かな印象だったので、こういう面白い顔もできるのかと少し感心してしまった。


「お前が抱いた感情は、きっと正常だよ。とくに、あの子は……ソフィアがお前に対してかけてた期待は尋常じゃなかっただろう。それが怖いのは仕方ないし、自分の心の弱い部分がバレるかもって思うのも不安だろう。

 でもさ、みんなそんなもんだろ? どんな仲が良い相手とだって喧嘩する時はするもんだし、自分の思い通りにならなかったら、イライラすることもあんだろ……それを自分が腹が黒いのが悪いなんて思うのは、クッソ真面目以外の何物でもない」

「……傷つくね」


 なるほど、向こうとしては真剣に悩んでいたこと、もしくは自分を変えたいと思っても変えられなかった部分かもしれない。それを真面目の一言で片づけられるのは、傷つくのもうなずける。ただ、こちらも本心を言ったまでだ、謝る気もない。


「そうか、それならもう少し楽に生きると良い。もしくは、俺に対して怒ってくれてもいいぜ」

「いいや、怒るのは止めておくよ。代わりに、アランさんのことを、先輩って呼んでいいかな?」

「……はぁ?」


 本日二回目の訳分からない発言に、こちらも素っ頓狂な声を上げてしまった。それが面白かったのか、シンイチは少し笑ってから口を開く。


「アランさんは、僕の先輩に雰囲気が似ているんだ」

「へぇ……それはきっとナイスガイだったんだろうな」

「そうだね。僕がただ一人、尊敬していた人なんだ」


 高速で肯定されてしまい、こちらとしても調子が狂ってしまう。先ほどにも次いでなお、おかしかったのか、シンイチは満足げに笑っている。こちらも少し気恥ずかしくなって、後ろ髪をかいてごまかしてしまう。


「先輩呼びをOKするかは置いておくとして……その先輩、どんな奴だったんだ?」

「話したらOKしてくれるってことかな?」

「内容次第だな」


 シンイチは頷き――先輩とやらの面影を星空に浮かべようとしているのかもしれない、再び遠くを見つめながら語りだす。


「先輩はね、普段は割と普通な人なんだ……いいや、普段も普通じゃないかな。多分、他人に興味があって、同時に無いんだろうと思う」

「なんかそれ、ただの薄情な奴じゃないか?」

「いいや、そんなことはないよ……優しいのさ。無駄に相手に踏み込んだりしないし、同時に無視もしない。けど、そうだね、孤独な人だったとも思う……自分で世界を完結させられるから、人に何かを期待しない、そんな人だったんだと思うな」


 シンイチはまたこちらを向いて――というよりは、俺に先輩の面影を見出そうとしているのか、じっと見つめてくる。


「そんな人だから、僕も自然と、一緒にいて心地よかったんだ。この人は僕に対して期待もしない、踏み込んでも来ない、かと言って放置もしない。丁度良い距離感でいれる相手だって」


 あまりにも真剣に見つめられるので、気恥ずかしくなってこちらから視線を逸らしてしまう。


「……それだけじゃ、尊敬する要素は無いな……ただの変な奴じゃないか?」

「ふふふ、いやいや、この先輩が凄いのはここじゃないんだ……そう、普段は周りに興味が無いくせに、困っている誰かのもとには駆けつけるんだ。理由なんてない、ただ誰かが、理不尽で悲しい思いをしているのを見たくないんだろうね……」


 気持ちも少し落ち着き、こちらからシンイチの振り向き、シンイチの横顔を見る。彼はまた星空を見上げ、そして宙に向かって手を伸ばしていた。


「そう、彼は僕の世界の物語で語られる、正義のヒーローみたいだった。正義のヒーローは、孤独で、でも世の理不尽に怒って、助けを求める誰かをために走る……僕の中で、本物の勇者っていうのは、こういう人がなるべきだって……そう思うんだ」


 伸ばした手は、理想を掴もうという彼の気持ちの表れなのかもしれない。しかし、聞いてる分にはその先輩とやら、確かになかなかご立派そうとも思える。それと似ているとなれば気恥ずかしくもなり、再びこちらから視線を逸らし――足元を見つめてしまう。そこには、暗闇の中を進む、汚れたブーツがあるだけだった。


「……おい、俺は正義のヒーローなんてたまじゃないぞ?」

「あはは、以前同じことを先輩にも言ったけれど、一字一句、先輩と同じセリフだよ、それ」

「はぁ……話を聞いている限り、全然似ているとは思わないがな。ちなみに、まさかお前から見て、顔まで似ているなんてことはないよな?」


 この顔は、レムが言うには生前のものと同じにしていると言っていた。もしその先輩と瓜二つなら――もしかすると、シンイチの言っている人物は本当に自分で、記憶を取り戻す脚掛けになるかもしれない。


 しかし、シンイチは皮肉気にニッコリと笑うだけだった。その先は、恐らく似ていない、そんな感じで来るのだろうと予想できる。


「いいや、実は先輩の顔は知らないんだ……いつも仮面を被っていたからね」

「……はぁ!?」


 同郷の倫理観で言えば、常に仮面を被っている奴などかなりやばい奴だ。きっと店にも入れないに違いない――そんな奴が実在するとはにわかに信じがたいが、仮に本当だとするならそんな奴と一緒だなんて、御免被りたい。


「それで、先輩って呼んでも大丈夫かな?」

「ダメに決まってるだろうが! そんな変態と俺を同列にすんな!」

「えー……僕は尊敬してるんだけどな」

「ダメダメ、性格も似てねぇ顔も分からねぇ、そんな奴とおんなじ扱いされる俺の身にもなりやがれ」

「ははは、でもアランさんは、僕の心を操れるわけでもないし、命令できるわけでもないからね。それに、僕は先ほどの言葉に痛く傷つけられたからさ。その報復として呼ばせてもらうよ、先輩」

「……クソッタレめ」


 シンイチの言う先輩と同列扱いされるのはイヤだが、呼ばれること自体は不思議と嫌悪感もない。そして、嫌がれば嫌がるほど勇者様はつけあがるだろうから、仕方がない、これ以上の文句は言わないことにした。


 その後は、とりとめもない話をして夜の散歩は終わった。話してみて、勇者シンイチに対する印象はずいぶんと変わった。今まではなんとなく、自分を差し置いて選ばれた者として存在していたことに対する嫉妬心があり――ソフィアを傷つけたことに対する不信感だって、元々はこの嫉妬心に依拠していたのだと痛感する。


 話をしてみて、彼は普通なんだと思った。もちろん、昨日聖剣で放った一撃を見れば、力は並外れているのだろう。しかし、その心は誰もが持っているような弱さや悩みを抱えている、等身大の一人の人間だった。そのことに自然と親近感を覚えたのか、彼に対する不信感はいつの間にか無くなっていた。


「あ、そうだ、先輩がダメならおじさんでもいいよ?」

「ふざけたこと言うな! 多分そこまでの歳じゃない……はず……」

「ははは、そうだね……それじゃあ先輩、ソフィアを頼むよ。こんなことを言うのも都合がよいかもしれないけれど、きっとあの子は僕よりアナタの方が合っていると思うから」


 別れ際、シンイチは最後にそう言い残して、自分の部屋へと戻っていった。俺はその背中をボンヤリと見送ってから自室へと戻った。

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