13-38:セブンスの焦り 下
「僕も離脱するよ。どうやら、ソフィア君がこちらへ向かってきているようだからね……塔の内部はせまっ苦しくてやりにくいし、感応デバイスを使わないのなら別行動でもいいだろう? ブラッドベリは頑丈で面白かったけどさ、そろそろあの子との因縁にも決着をつけないとね」
そもそも、乱暴ごとは嫌いなんだけれどね、ダニエル・ゴードンはそう付け加えながら外へと飛び出していった。奴を外に放出するナイチンゲイルとノーチラスが危険ではあるが、自分とブラッドベリだけで三人を対処しなくても良くなったのは不幸中の幸いでもある。
「舐められたものだな……我々二人など、取るに足らないと判断されているということか?」
そう言いながら、魔王ブラッドベリはボロボロになったマントをはためかせて自分の左隣に並んだ。体中から煙が上がっており、魔術神よりつけられた傷を再生しているが――本来なら百回は死ぬような猛攻を耐えきった彼に敬意を評しつつ、再生を手助けするために回復魔法を掛けながら、こちらに向かって構えているローザ・オールディスとリーゼロッテ・ハインラインの方を睨む。
「まぁ、良いじゃないですか。私は本来裏方が得意ですから、あまり正面からドンパチやるのは性に合っていないですからね。それに……実質的に、我らの目的は概ね達せられたといっていいでしょう」
「……どういうことじゃ? 確かにレム達は最下層に侵入したようじゃが……右京が向かったのじゃ、レムがこの塔のコントロールを取り戻すことはあり得んじゃろうが」
「すでにレム達は最下層に辿り着いた……私たちの目的は、大体それだけで達せられるほど単純なものだったということですよ」
ローザ・オールディスは訝しむ様な表情をこちらへと向けてくる。彼女は、自分たちの目的を――より正確に言えば、レムの悲願を理解していないのだ。
ローザとしては、自分たちが海と月の塔のコントロールを取り戻すことを目的として襲撃を仕掛けてきたと勘違いしている。もちろん、自分の最終目標はそれであるが、それがレムと同じである訳ではない。もっと言えば、自分だってこの鉄火場で塔のコントロールを奪い返すなどという難しいことをするつもりもない――敵を全て掃討してから、ゆっくりと取り戻す方がよっぽど健常なのだから。
それに、レムの目的はすなわち少女たちの目的と――何より亡き我が友の願いにも一致する。なんだかんだでグロリアたちとも付き合いも長いし、彼女たちの願いが叶えられるというのなら、自分としてもそれはやぶさかではないのだ。
「……貴方達DAPAの幹部たちが最も恐れた伝説の男が戻ってくるというのです……それはそれで、面白いとは思いませんか? リーゼロッテ・ハインライン」
こちらの質問に対し、リーゼロッテ・ハインラインは美しい笑みを浮かべた。彼女は恐らく、最初から自分たちの狙いなど分かっていたのだろう。だからこそ、エリザベートの抵抗を敢えて受け入れ、クラウディア・アリギエーリを先に行かせた――彼女の目的は、それでも達成されるのだから。
「えぇ、素敵ね……盛大に歓迎するために、きっちり身体をあっためておかないと」
「うひぃ、まだウォーミングアップが終わっていないというのですか?」
「……それは聞き捨てならんな」
セブンスを安全な場所まで退避させてきたであろうエルフの男が自分の右側へと並んだ。確かに先ほど武神と激戦を繰り広げていた本人としては、アレでまだまだ本気を出していなかった、等と言われれば腑に落ちないのも頷ける。
「戻ったのですね、T3」
「あぁ。貴様にこれを」
「これは……」
T3の義手には、琥珀色の宝石が握られていた。自分はそれを受け取ることをせずに視線を上げると、男は相変わらずの真顔で真っすぐにこちらを見ている。
「私は人を統べるタイプではないからな……それにこの戦争を始めたのは貴様だ。だから、貴様が持っておけ」
「私も人をまとめるタイプではないのですが……まぁ、受け取っておきましょう」
こちらが手を差し出すと、その上に宝珠が落とされる。確かにT3を起点に感応デバイスを起動するのもイメージできないし――何より、この戦争が自分の戦争というのは妙に腑に落ちたというのもある。
T3は宝珠を渡した後、すぐに弓を構えて刃の腹で肩を叩いている武神の方へと向き直った。
「勘違いしないで欲しいわね。貴女がセブンスの方に気を取られていて素気無いから、こっちも本気を出していなかっただけよ」
「それなら、今から本気を出すのだな。さもなければ、奴が戻ってくる前にその首が跳ぶことになる」
「ふっ……面白いじゃない。せいぜい私を楽しませてみなさい!」
そう言って、T3とハインラインは激しい戦闘へと突入した。先ほどはセブンスが気になるあまりに全力を出し切れていなかったT3は、今度こそ武神との戦いに集中しているようだ。地力そのものでは一歩及んでいないのだろうが、それでも確実に食らいつき、生と死の稜線において活路を見出している――そんな力強さが今のT3にはある。
ついで、回復魔法で傷の癒えたブラッドベリが、自分の横から一歩前へと歩み出た。
「ゲンブ、あやつの相手は私に任せろ……先日操られた借りを返してやらんとな」
「えぇ、頼みますよ魔王様。私の本来の持ち味は後方支援ですから」
自分は数歩下がり、ローザ・オールディスと対峙するブラッドベリの巨大な背中を見る――このポジションならば戦況を把握しながら回復魔法と布袋戯でT3とブラッドベリの援護ができる。
何より、もうじき無敗の虎が戻ってくるというのだ。それまでこの場を維持すればいい。たった一人戻ってきたところでこの戦況が覆るなど、以前の自分ならば現実的でないと笑っただろう。しかし戦闘で気分が昂っているせいか、はたまた自分も虎に賭けたくなっているのか――勝機がこちらへと傾いてきている、そんな高揚感を抑えることができなかった。




