13-34:第八代と第九代の勇者の戦い 中
しかし、今の状況をなんとか打破しなければ戦線の瓦解を招く。どこか一つ、この危うい均衡を破ることができれば――そしてその可能性があるのは、やはりハインラインだ。彼女の中に残っているエリザベート・フォン・ハインラインが、リーゼロッテを御してくれれば、一気に戦局を変えることも出来るはずなのだから。
高密度の重力波が途切れた瞬間に合わせて詠唱をこなし、ADAMsが切れた瞬間に合わせて第六階層相当の風の壁を相手との間に展開する。もちろん、武神にとってはこんなものはそよ風同然にすぎないだろうが――風の勢いが幾分か斬撃の威力を減衰することはできたため、切り裂かれた魔術の奥から現れた翡翠色の太刀を何とかヒートホークで受け止めることには成功した。
「エリザベート・フォン・ハインライン! 貴様の仇敵が目の前に居るのだ……さっさと身体のコントロールを取り戻し、この身に刃を突き立てたらどうなのだ!?」
「ふっ……同じセリフを返すわよ。アナタが三百年間追い続けた者が目の前にいるんだから、時間稼ぎだなんてつまらないことはせず、この首を取りに来たらどうなのかしら!?」
相手が踏み込み、こちらの斧を弾き飛ばすのに合わせ、もう一度ADAMsを起動して相手から距離を取る。とはいえ、重力波の影響で思ったようには動けないのだが――こちらとしても、相手の戦い方はエルフの旧集落で体験済みでもある。
それに今の自分には精霊の耳飾りがある。補助魔法に回復魔法、それに攻撃魔法による波状攻撃をADAMsを利用しながら連続的に打てるのであれば、こちらもできることが圧倒的に多くなっている。同時に、これだけの手段を用いても防戦一方になるのは、それだけ本物の武神が宿る女が以前にもまして強力だということに他ならない。
しかし、エリザベート本来の人格を呼び覚ますというのはやはり難しいか。依然として女の双眸は銀色に瞬いており、その意志力の強さには一切の陰りも見えない。先ほど一瞬だけエリザベートが出てこれたのは、それこそ不意を突いたのが成功したのか、または星右京の言っていた通りにリーゼロッテが敢えて身体のコントロールを一時的に持ち主に返したのか。
いずれにしても、武神が顕現であり、自分の前に立ちはだかっているという事実は変わらない。しかも、自分としてはハインラインだけに意識を割いているわけにもいかないのだ。海と月の塔は自分にとって因縁の場所であり――それは、右京と戦っている少女にもあてはまることなのだから。
「……そんな風によそ見ばかりしている余裕はあるのかしら!?」
先ほどと同じように、ADAMsが切れる瞬間に精霊魔法による壁を作り、相手の攻撃をギリギリでいなす。今度は炎の壁を張ったのだが、重力波によって炎が形を変え、いとも簡単に壁は突破されるのだが――自分の瞳はその奥で大剣を打ち合っている少女と少年の姿をとらえていた。
リーゼロッテ・ハインラインやダニエル・ゴードンと違い、星右京は独自の戦闘能力は持っていないはずだ。それでも戦えているのはプログラムを利用しているのだろうし、セブンスがただのプログラムに遅れを取るとも思わない――しかし海と月の塔という因縁の場所のせいだろうか、どうしてもイヤな予感が拭えない。
本来はハインラインがよそ見をできる相手ではないというのは承知のうえで、それでも自分は合間を縫ってはセブンスと右京との戦闘を盗み見ていた。加速した時の中で見えたのは、第八代の勇者と第九代の勇者が、それぞれ距離を離した場所で剣に粒子を集め、互いにそのエネルギーを放出しようとしている場面だった。




