13-32:二つの宝珠 下
「それでは皆さん、ここはお任せしました! アガタさん!」
友の名を呼びながら駆け出て、吹き抜けを一気に飛び降りて着地し――跳躍の隙を刈られなかったのは、ナナコたちもリーゼロッテらも宝珠に意識を集中させているためだろう。既に武神の身体にも、金色の粒子が立ち昇り始めており――確かに星右京の言う通り、彼女らも高次元存在へと手を伸ばすという一つの方向性に心を合わせて束ねているということなのだろう。
火口で対峙をした感じだと、今の自分と武神は実力的には五分――正確には結界や補助魔法の分で自分が基礎スペックは上回っているが、圧倒的経験の差でその隙間を埋めれられているというのが正確か。ともかく、トリニティ・バーストで潜在能力を限界まで引き上げられてしまえば、スペックの差を完全に埋められてしまい、こちらが不利になるのは間違いない。
しかし、迷っている暇もない。本来なら一瞬応戦して、相手を突き飛ばしたところを階下へと進んでいくという選択肢を取るべきなのだろうが――きっと彼女が道を拓いてくれるから、自分はそれを信じて突き進むだけだ。
「くっ……!?」
自分が信じていた通りのことが起こった。武神は一瞬驚きの表情を浮かべると、彼女の身体はがくんとうなだれる。その隙をついて武神の横を駆け抜け――すれ違いざまに彼女の方を見ると、前髪から僅かに覗く金色の瞳がこちらを見て、そして互いに頷き――すぐに背後の扉を蹴破って、そのままアガタと共に階段を駆け下り始めた。
◆
一瞬だけ、本当に一瞬だけだが、身体のコントロールを取り戻すことに成功した。破られた扉へと振り返り、クラウとアガタの背が見えなくなったタイミングで、再び身体のコントロールを奪われてしまい――リーゼロッテがホールへと振り返ると、二階の渡り廊下部分で右京がこちらをどこか冷めた目で見下ろしてきていた。
「……悪いわね。一瞬だけエリザベートに身体のコントロールを奪われてしまったわ」
「君の精神力で身体のコントロールを奪われるだなんて信じがたいね……ワザと行かせたんじゃないのかい?」
右京の言葉は、薄々とだが自分も思っていたことである。もちろん、自分も気力を振り絞ったのであり、それは自分の精神力の成長と取りたいところではあるのだが――今でもなお、リーゼロッテ・ハインラインの強大な精神力を鑑みるに、一瞬でもコントロールを奪い返せたことには違和感がある。
自分の予測ではこうだ――リーゼロッテ・ハインラインはクラウの言う「次元の狭間に居るアラン・スミス」という存在を信じているのではないか。だから、リーゼロッテはクラウの行動を最もコントロールしやすい扉の前に陣取り、敢えて自分に身体の主導権を奪わせたように見せかけることで、クラウとレムを海と月の塔の地下へと向かわせた――要は自分はそのための方便として使われたわけだ。
リーゼロッテとしては、どちらでも良いのだろう。クラウの言うアラン・スミスでも、自らが超越者となって蘇らせようとしているアラン・スミスでも――むしろ様々な可能性を並行させられるというのなら、それに越したことは無い。それ故にクラウを行かせたのではないか。
こちらの思考を否定するためなのか、はたまた右京の言い分を否定するためなのか、リーゼロッテ・ハインラインはゆっくりと首を横に振って少年に真っすぐな視線を返す。
「そんなことはないわ。仕事は仕事……本当にちょっと油断しただけよ。それに、アナタが思っている以上に、エリザベートは成長している。だから、少しばかりコントロールを奪われてもおかしいことではないわ」
「そもそも、君に支配されているエリザベートの人格がなぜ成長しているのかはなはだ疑問だし、何故それを誇らしげに話しているのかも分からないけれど……ひとまず、この場を切り抜けるには君の力も必要なんだ。協力してくれるね?」
「えぇ。旧世界で対峙した精神感応デバイス同士で戦うなんて、ちょっとワクワクするしね。さ、仕切り直しよ……全宇宙の支配を目論む悪い奴らを止めて見なさい」
リーゼロッテはアウローラの切っ先をナナコへと向ける。その挑発的な行動に対し、ナナコは真剣な表情で真っすぐにこちらを見つめ返し――そして少女はその視線を右京の方へと向ける。
「望むところです……行きますよ皆さん、トリニティ・バースト、発動!」
「こちらも、皆頼むよ……トリニティ・バースト!」
宝珠を持った二人が――本人でこそないものの、二人は奇しくも第八代と第九代の勇者の現身である――それぞれ手を掲げると、自分の体を含む計六本の金色の光が立ち上がる。それらの光は宝珠を持つ勇者とその仲間たちが引き出す魂の光。そしてホールに走る眩い閃光が、これから行われる激戦の合図となったのだった。




