13-29:海と空からの侵攻劇 下
さて、自分が空の道を取ったのには、格好つけ以外の理由もある。いや、三割くらいは「私、本当に空を走ることができるんです」とドヤりたかったという事実は否定していないが、塔から放たれる攻撃を分散させる意味合いもあった。そして予測通り――予感通りという方が正しいか――塔の方から翡翠色の剣閃がこちらへと放たれてくる。
その軌道を読み、空中で軌道を変えながら、神剣による遠距離攻撃を回避し続ける。距離もあるし、筋も読めているので、回避すること自体は容易。しかし神剣の一撃が自分を狙ってくるということは、未だエルはリーゼロッテ・ハインラインの支配から脱却できていないということになるのだろう。
いや、火口で自分が掛けた声は、きっとエルに届いている。だから、彼女もきっと、チャンスの時が来るのをうかがっているはずだ――ならば、今はこれでいい。仮にエルが再起の時を狙っているとしても、今は敢えて支配されている風に見せかけるべきだ。そうでなければ、それこそ自分たちがまだ海と月の塔にも到着していない段階で、エルは危険因子として人格を消去されてしまう可能性があるのだから。
そう考えながら結界を蹴りながら空中をジグザグに移動し、翡翠色の剣閃を避けながらも塔の方へと向かっていると、考えが込んでいるせいで予測が遅れたのか――まさしくこちらの進行方向にドンピシャの一撃が重なった。思わず「おほぉ!」と間抜けな声をあげながら右手で結界を張りつつ、ギリギリで剣閃の軌道を変えることで何とかすれすれ直撃は免れたが、駆け抜けていった一撃が自分の横髪を幾分かかすめていった。
まさか、リーゼロッテの意志を読みたがえたのか――というより、こちらの空中軌道の癖を読み切ったのだろう、それで先ほどよりも正確な一撃をこちらにはなってきたのだ。
「いや、あの人怖すぎでしょう!?」
思わずそんな風な声をあげたタイミングで、後からこちらへ向かってきていたチェン・ジュンダーが横に並んだ。
「貴女もなかなか器用に動きますねぇ……まさか本当に宙を走るものがいるとは思いませんでした」
適当なことを言いながら、チェンは操っている布袋戯を的確に操り、機械人形が持つ銃器でこちらへ向かってきている飛行型の第五世代を迎撃している。
「そういうチェンさんも! 若く見えて結構な歳なんですから、物に乗って移動するなんて横着せず、ちゃんと走った方が良いですよ!」
「はは、言いますねぇ……まぁ、貴女の言う通りにすることにしますよ」
言いつけ通りに男はそのまま氷の道に着地し、先導するT3達に追いついたようだ。彼が先頭に立った瞬間、再び塔の方から強大な気配が走り――塔の五階部分辺りから強烈な熱線が氷の道を走る仲間の方へと照射された。
第七階層の獄炎の魔術、それはチェンの七星とアガタの第六天の結界を掛け合わせれば防ぐことは容易だろう。しかし、敵の真の狙いは、氷の道を破壊することにあるようだ――実際、その強烈な熱波は上空を走る自分の方まで来るほどであり、呼吸をすれば肺が焼けてしまいそうなほどである。出来合いの氷の道など、あの超高温地獄の中にいれば、瞬時に破壊されてしまうだろう。
チェンが念力を使えれば、仲間たちを布袋戯に乗せて残りわずかな距離を一気に飛ぶこともできただろうが、彼は結界による防御で手一杯だ。熱線が海を焼き、凄まじい水蒸気が吹き荒れる中、あわや皆海に落ちてしまったかと思った瞬間、布袋戯に乗った仲間たちが煙を抜けて塔との距離を一気に詰めているのが見えた。アレは、なるほど、チェンの代わりにブラッドベリが念力を作動させ、仲間たちが海の藻屑になるのを防いでくれたようだった。
自分も仲間も移動は大詰め、もはやこちらを狙えば、敵側の攻撃が塔の瓦解を招く距離まで接近できた。そうなれば、後は一気に駆け抜けて、あの塔の南面に穴をぶちあげて侵入するだけだ。最後に思いっきり特大の結界を蹴って跳躍し、仲間たちよりも早く塔へと到着し――。
「……チェストォオオオ!!」
加速の勢いと気迫とに身を任せ、青く輝く塔のガラスに蹴りを放つ。海と月の塔の外壁は強力な強化ガラスの上に常に結界と対魔術障壁が張られており、ありとあらゆる攻撃に対して強力な防御力を誇る。しかし、自分ならば結界を中和しながら魔術を用いない攻撃、つまり肉体言語によって破ることができる。
魔術障壁と結界を突き抜け、最後の障壁である強化ガラスにブーツの底を突きつけ――流石強力な強化ガラスなだけあって、そのまま突き破って侵入とはいかなかったが――そのまま空中で身体を捻って一回転し、踵でガラスに入ったヒビの中心に回し蹴りを入れると、今度こそ海と月の塔の一部に穴を開けることに成功したのだった。
そしてそのままの勢いでガラスの散らばる内部へと侵入すると、すぐに後から仲間たちも自分の後を追って塔内へと入ってきたのだった。




