13-27:キーツの抵抗 下
◆
旗艦からの攻撃を防ぎきり、船の振動が収まったのに合わせて、上半身を起こして辺りを見回すと、二人の熾天使が先ほどの振動を物ともしないで船のオペレーションをこなしていた。
「ナイチンゲイル、敵との戦闘に入りました」
「こちらも、そろそろ戦闘空域に入るわ」
「よし、戦速を維持しながら、敵軍のケツを目指すんだ!」
「……なんで貴方が仕切ってるのよ」
自分が気合を入れて声をあげると、ジブリールが首だけこちらへ回して――手元はまったく先ほどと同じように動いている――呆れたような声をあげた。その直後、背後からチェンの「良いじゃないですかジブリール」という声が聞こえる。
「シモンはこの船の親と言っていい……私は設計図を渡しただけで、彼が大半を作ってくれましたからね。この船について最も詳しいのは彼ですから」
「制作者と船長は同一人物にはならないでしょう? 必要な専門知識は全く異なるんだもの。それに、私たちの方が機能をどのように使うか十全に理解しているわ」
「まぁ、それは全くその通りなのですが……彼は今、実の父を超えるべく戦ってるんです。少々気合が入るのは仕方がないというものですよ」
「はぁ……肉の器にある者って面倒くさいのね」
「ともかく、私たちも準備に入りましょう。私は高速艇の準備に入りますので……改めて、ノーチラスの指揮はシモン、敵戦力との交戦にはナイチンゲイル、イスラーフィール、ジブリールに任せます」
チェンとアガタ、それにブラッドベリがブリッジから去っていくのと同時に、イスラフィールが甲板へ向けて通信を始めた。
「セブンス、T3、準備はよろしいですか?」
「はい! バッチリです!」
返事と共にブリッジのモニターに外部カメラの映像が映し出されると、そこにはナナコとT3がノーチラス号の砲台の先に立っているのが見えた。戦闘機や飛行型第五世代による猛攻が始まっており、それらはクラウディアの張る結界により防がれているのがモニターの端に映っている。
ピークォドと違い、ノーチラスの武装はそれなりのものが装備されている。そのため、飛行型や戦闘機を相手にする分には全く問題にならないのだが、戦艦クラスが相手となるとその防御力を突破するだけの威力には足らない。それならばと、ヘイムダルでやった時と同じように、こちらの持てる最大火力で艦クラスを狙って行こうという狙いなわけだ。
T3が外に出ているのは、精霊魔法でナナコを援護するためだ――かなりの速度で飛んでいるノーチラス号の砲台でまともに動くために、T3が大気の流れをコントロールし、ナナコが剣を振るうのに集中できる環境を整えている。その結果、銀の髪の少女は髪を一切揺らさず、瞳を閉じながら剣を天に掲げ――そして周囲から金色の光が集まって来て、彼女の体と剣とを包み込み始めた。
「いきますよ、ダンさん……御舟流奥義、専心一点稲妻突き!!」
ナナコが大剣を突き出すのに合わせて、黄金色の巨大な剣閃が正面へと撃ちだされた。その一撃は先ほど敵艦から撃ちだされた主砲以上であり、周囲の敵を巻き込みながら空を切り裂きながら進み――巻き込まれた戦闘機達が消え去るのと同時に、空の彼方で大きな爆発が起った。それも二か所、全く別の方向でだ。
「ナイチンゲイル、セブンスの両名が一隻ずつ、重巡洋艦と軽巡洋艦の計二隻を撃破」
「よし、後は戦艦を含めた三隻だな!」
「とはいえ、ここからが正念場よ。クラウディア・アリギエーリの結界と、セブンスのラグナロクが使えなくなるんだから」
「それに、ナイチンゲイルだって消耗していきます。あまり楽観視はできませんね」
「……えぇい、戦速をあげて塔へ! ナナコが拓いた道を最速でぶち抜くんだ!」
「もうやってるわよ……そうだセブンス、貴女も中へ戻ってチェン・ジュンダーに合流しなさい!」
ジブリールがマイクに向かってそう叫ぶと、外部カメラに向けて銀髪の少女が元気に敬礼しているのが見え、そしてすぐにT3と共に船内へと戻っていった。ジブリールが端末を操作すると、正面スクリーンの映像が切り替わり、高速艇に乗り込んでいるメンバー達が映し出された。
「チェン・ジュンダー、そちらは?」
「あとはクラウディアとT3達さえ来れば、いつでも発進できますよ」
「了解、そろそろ予定ポイントを到着するわ……ハッチが開いたらすぐにでも出発して」
ジブリールが再度端末を操作すると、今度はノーチラス号の機関部分の映像に切り替わる。そこでは緑髪の女性が古代人のモノリスを掴んで――気合を入れるためなのか、何故かガニ股だ――いるのが見える。
「クラウディア・アリギエーリ。そろそろ予定ポイントまで到達します。後は私たちに任せて、貴女は高速艇の方へと移動してください」
「了解です! イスラーフィール、ジブリール! この場はお任せしますよ……と、そうだシモンさん、ちょっと思ったことがあるんですが……」
クラウディアがこちらの名を呼んだので、自分もマイクを口元に近づける。
「クラウさん、なんだい?」
「無敵艦隊の動きなのですが、何となく迷いがあるような気がするんです」
「それ、私たちも感じていたわ。もしかしたら、右京のハッキングにキーツが抗っているのかも……」
クラウディアの言葉に合わせて、グロリアの声がスピーカーから聞こえ始めた。ソフィアは音速で外を飛び交っているはずなのにノイズが混じっていないのは、グロリアが通信で文字を音声化しているおかげだろう。
「くそ、僕はアンタを超えるために来たってのに……アンタはそうやって、僕以外の奴と戦ってるってんだな」
少女たちが言っていることが事実だとするのなら、父を超えようと勇んでいたのは自分だけであったということになる。もちろん、父と正面切って戦いたかったわけでもないし、むしろアンタの息子はここまで成長したんだと、それを見せたかった部分もあったのだが――父にこちらと戦う意識が無かったとするのなら、それでは自分は一人相撲をしていたことになる。
いや、自分の父であるダン・ヒュペリオンは既に亡くなっている。あの先に居るのはダン・ヒュペリオンではなく、七柱の創造神たるフレデリック・キーツだ。そう自分に言い聞かせながら無敵艦隊と戦う覚悟を決めてきたというのに――もしフレデリック・キーツが本気で戦う相手となれば、それは自分などではないということなく、恐らくは――。
(僕がアンタのためにできるせめてものことは、成長を見せることじゃなくて……あの人との戦いの舞台を用意すること、か)
亡き父が残したメッセージの中にあった謎かけの答えは、すでに見つけてある。星になった息子たち、それは自分が幼かった時に父から聞かされた、遠い昔のおとぎ話の中にあった。それをパスコードにしたというのは、彼なりの戒めでもあったに違いない。そして、キーツは最強の武器を虎に託した――最高の舞台で決着をつけるために。
自分がアレコレと感傷に浸っている間にも、二人の熾天使は淡々と仕事をこなし、こちらへ襲い掛かる戦闘機や飛行型を的確に落としていってくれている。船側を維持して進んだおかげで、ノーチラス号は見事に敵戦艦の背後を取ることに成功した。
「……目標地点に達する。イスラーフィール、ハッチを開いて」
「もうやっていますよ」
艦長としてせめてもの威厳を見せようとしたのに、有能なオペレーターは既に先回りをしていた。こうなっては形無しだ。しかし、自分にしかできないことはある。そう考えながら拳を握りしめて、自分も戦況の把握に努めることにした。




