表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
796/992

13-25:キーツの抵抗 上

 ノーチラス号から飛び出し、自分はすぐさま船から大きく距離を取りながら前進を始める。一度だけ海を眺め――あの海の底にアランが居る。もう戻ってこないと思っていた彼が、きっと今日戻ってくる。そのために、自分にできることをしなければならいない。


 そう決意を新たに進行方向へと顔を上げると、ちょうどその先から強大な光の渦が発射されてきた。予測通りにフレデリック・キーツの戦艦から主砲が発射されたのだろう。


 自分たちは距離を離したので巻き込まれることは無いが、その威力は辺りの大気を大きく揺らし、大気を焼いて強烈な衝撃波を生み出している――七星結界を持ってして防げるかどうかというほどの強烈な一撃だった。しかし、今のノーチラス号には旧世界の人類が編み出したバリアよりもさらに一段階強力な結界を張れる人がいるのだ。


 実際、主砲が遥か彼方へと抜け切っても、遠方にノーチラス号の機影は顕在だった。外から見ると、クラウの張ったであろう結界の残滓が舞い散る花びらのように宙を舞っていた。


『……クラウディア・アリギエーリ、改めて凄いわね』

『うん……正直、ちょっと嫉妬しているのかも』


 今のクラウからは、何か超常的なものを感じる。一言で言えば、自分がアランやナナコに感じていたものと同質のものが今の彼女にはある。クラウ自身が言っていたように、それはあちら側を見て来た結果とも言えるのだろうが――精神的な余裕というか、成熟というか、ある種の達観というか、ともかく自分に無い強さが今の彼女にはあった。


 つまり、自分よりクラウの方がアランに近いという事実は認めざるを得ない所であり、それが嫉妬の原因でもある。


『確かに、味方としては頼りになるけれど、同時に手ごわい相手とも言えるわね』

『手ごわさで言えばグロリアも同じくらいかな。クラウさんは優しいけど、グロリアは意地悪だし……それに……』


 グロリアにはアランに対する強い想いがある。記憶を共有する自分たちは、本来なら互いに知ることができないはずのないアラン・スミスの記憶を共にしている――遥か過去に原初の虎を支え続け、一万年も彼を想い続けたグロリア。元々自分と彼女は「同じ人を奪われた同士」であったのだが、今はある意味では「同じ人の帰りを待ち望む者」に変わってきている。


 しかし、この目的の変更は自分たちの中に不和を産む可能性がある。元々「奪われたものは返ってこない」という前提に立っていたから協力できていたのに対し、同じ人を想うということは、つまりどちらかが――人との関係には色々な在り方があるだろうが、少なくとも自分は独占欲が強いし、同時にそれはグロリアも同じくらいなはず。


 ここに関しては、互いに変に口にすることは無かった。意識的に避けていたと言っても良い。あの人が帰ってきたときに、自分たちは今まで通りに居られるだろうか、そんなことが不安でもあり――。


『……ねぇ、ソフィア。アナタはアランのどんなところが好きなの?』


 脳裏に響くグロリアの声は優しく諭すようであり、同時にどこか寂しげな色を帯びている。


『それは、強くて優しい所が……戦うために生まれてきた私が全てを捧げるのに相応しい人だと思ったから』

『成程ね……でも、そんなんじゃアナタが手ごわいと思っている相手に敵わないわよ?』

『……どういうこと?』

『それは、自分で考えなさいと言いたいところだけれど……そうね、全てを捧げる献身性って一見すると愛が深いようだけれど、同時に相手に対する無理解であると思うから、かしらね。

 アナタは、成程、アランに対して深い愛情を持っている。その一方で、あの人の精神性を理解していない……アナタに全てを捧げますだなんて言った所で、アランが喜ぶとでも思う?』


 グロリアの言うことは自分の心に重くのしかかってきた。確かに彼女の言うように、自分の気持ちが一方通行なことは分かっていたし――ただ、それでいいとは思っていたのだ。もちろん、あの人に振り向いて欲しいという気持ちは揺るぎないし、たくさんアピールだってしてきたが、それ以上にあの人の役に立ち、その結果死んだとしても、それはそれで本望だった。


 しかし、その自己犠牲すら自己満足であったとするのなら、それはとんでもない思い違いをしていたことになる。同時に、自分はそれ以外の愛情表現を知らない。だから、この先どうすれば良いのか分からなくなってしまう。


『そんなに重く考えることは無いわ。きっとあの人の顔を見たら、悩んでいたことなんて馬鹿らしくなってくるんだから。

 さて、細かいことで悩むのはあとにしなさい。私たちは私たちの仕事をしないとね』


 いつの間にか下がっていた視線を上げると、遠方に敵影が見え始めた。正確には、グロリアの視界を共有されているおかげで、巨大な戦艦の僅かな機影だけが確認できるといった距離なのだが――こちらも向こうの戦闘機も互いに超高速で接近し合っているのだから、それこそすぐに接敵することになるだろう。


『グロリア、敵の数は分かる?』

『大雑把には分かるけれど、ノーチラスのセンサーの方が正確にわかるでしょう……戦艦一隻、重巡洋艦と軽巡洋艦、駆逐艦合わせて四隻、戦闘機二十、それに飛行型の第五世代が三十ってところね。もちろん、敵の本拠地が近い以上、倒しても倒しても後から沸いてくることが想定されるけれど……』

『思ったよりは多くないね』

『あまり一片に出しても、フレンドリーファイアや衝突の危険性もあるからね。ただ、レムの報告によれば……』

『巡洋艦に各五十機、主力艦には二百機の無人機が搭載されている……それなら、まだ戦闘機でだけでも全体の十パーセント以下しか出していないことになるね』

『それに、ルシフェルはいないみたい……これをチャンスととるか、罠ととるべきか』

『多分前者だね。楽観的に言っているわけじゃなくて、ルシフェルは塔の防衛に回されてるんだと思う』


 脳内での会話は一秒にも満たなかったはずだが、向こうからの攻撃は開始された。まだ距離はあるため、相手側から放たれるのは主に光学兵器、それを躱しつつ、時にグロリアの結界で防ぎながら敵陣のど真ん中へと向かって行く。


 以前、ドッグファイトは原則として複数体を同時に相手をするのが不利になるとは考察したが、敵が密集しているのならその限りではない。グロリアの言ったように、フレンドリーファイアや味方機同士の機動などに制限が掛かるためだ。とくに戦艦級の強力な攻撃は切り込むほどに撃ちにくくなるはず。生半可に距離を放しているほうが集中砲火を受けるため、今は速やかに敵陣に切り込む方が生存確率を――それこそ数の差を考えれば僅かにとも言えるが、今はその僅かさすら欲しい――上げることができる。


 戦闘機が飛び交う空域にまで達し、そのまま一気に前進を続ける。敵機からのレーザーがこちらへ向けて照射されるが、予測通り敵側が味方を巻き込むのを避けているため、その数は多くない――光線をジグザグに動きながら躱しながら進み続け、可能な限り敵機を巻き込める場所まで移動を完了させる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ