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13-23:海上戦の開幕 中

 さて、その後は各々が静かに――時おり近くの者と会話をするのを除いて――その時を待った。作戦開始三十分前には艦内放送でまだ来ていない者たちに声が掛けられ、五分前に慌ててナナコがブリッジに集結したことで一同が揃い、窓の外がほんのりと明るくなってきたのに合わせて、我らが希望の船が浮上を始めたのだった。


 進路としては海と月の塔へと直進することはせず、少し迂回をして南からの経路を取ることになっている。理由としては、外での戦闘に一人でも一般人を巻き込まないため――レムリア大陸の人口は激減していると言っても、外での戦闘の余波で残っている人々を巻き込みかねないし、不用意に街を破壊しては復興も大変な作業になるためだ。


 それに、結局はどう進路を取ろうがこちらに地の利は無いのだから、どちらから攻めたってあまり変わりがないというのが実際の所でもある。それなら被害が少ない方が良いだろうということで、塔の南から攻め居る形になった訳だ。


 実際、その配慮はとくに自分にとっては有難かった。海都は自分にとって思い出の街であるし、北東側から直に塔へと向かうとその進路上には聖レオーネ修道院もある。この一年間で一度立ち寄った所、孤児院の人々は黄金症によって物言わぬ彫刻と化してしまっていた。信心深い敬虔な院長の元、職員も子供たちも神を信じており、その信心深さからみな一様に黄金症が発症してしまったのだろうが――自分の大事な故郷の時が止まってしまったような悲しみがありながらも、生半可にこの過酷な世界に残るよりはマシだっただろうと、訪問した時には自分を慰めたものだった。


 そう、この戦いは、自分の故郷を取り戻す戦いでもある。七柱の思惑を挫き、海に囚われた魂たちを解放できれば、孤児院も元通りになる――そう決意を新たにしていると、ちょうどノーチラス号がレムリア大陸を超え、金色の海へと乗り出したようだった。


 海を渡ってしばらくしたタイミングで、レムがブリッジの真ん中に映し出されているホログラムの球体を――惑星レムのAR画像だ――指さして口を開く。


「もうしばらく進んだ先の海域の底に、海のモノリスが鎮座しているのです」

「それじゃあ、アランさんはその辺りにいるんだね……」


 ホログラムで創り上げられた星を見つめながら呟くソフィアに対し、レムはゆっくりと頷き返した。


「もっとも、海のモノリスはおよそ三百平方キロの広範囲に分布してますから、そのどこにアランさんがいるかまで正確な位置は把握できませんがね。ただ、ちょうど海のモノリスの分布範囲が、そのままポイントBに重なる……つまり、敵の勢力が展開されていることが予想されます」


 レムはそこで言葉を切り、ブリッジの右翼で機器を操作しているイスラーフィールの方を見た。


「レーダーに反応……ポイントBに敵影を確認しました」

「ここまでは予想通りですね……海と月の塔への到着まではまだ掛かりますが、ポイントBにて接敵が予想されるまで、残り十分を切っています」

「えぇ、それでは手筈通りに。ナイチンゲイル、クラウディア・アリギエーリ、頼みますよ」


 チェンの言葉に自分とソフィアが頷き、ブリッジを後にした。隣を歩くソフィアは珍しく緊張した面持ちをしている。ソフィアも難しい局面は何度も乗り越えてきたのであり、彼女なら緊張すらも精神を研ぎ澄ますのに利用しているのだろうが、今日はいつにも増して少し肩に力が入っているようだ。もちろん、自分も緊張しているのだが――少し互いに神経を解してもいいだろう。


「ずっと思ってたんですけど、ナイチンゲイルってコードネーム、格好良くないですか?」

「……そうかな? 実際、名付け親はチェンさんだけど、結構気に入ってるんだ」


 こちらの言葉に対してクールな様子は崩さないが、ソフィアがパッと瞳を輝かせたのを見落としていない。しかししっかり者のお姉さんの方が妹分の情操教育によろしくないと判断したのか、自分とソフィアの間に機械の鳥が割って入ってきた。


「ちょっと、止めて頂戴。うちの子は今お多感な時期で、そういうのに喜んじゃうお年頃なんだから」

「グロリアさん。世界には二通りの人間がいるんです……いつまでも童心を忘れずにワクワクした気持ちを持っていられる人と、大人になった気でワクワクを忘れてしまう人、アナタはソフィアちゃんにどっちになって欲しいんですか?」

「ひとまず、後からそのワクワクとやらを思い返して、枕に顔を埋めてバタバタして欲しくないとは思ってるけれど」

「それなら、もう手遅れですね。そもそも、シルヴァリオン・ゼロの時点で大概じゃないですか」

「そうかもしれないわね……」

「ちょっと、二人とも! あんまり勝手なことを言わないで欲しいな!」


 自分がグロリアを丸めこもうとしていると、その奥でソフィアが頬を膨らませ始めた。


「アレであの子、自分は感情を置き去りにしてきたとか言っているのよ?」

「ふふ、良いじゃないですか、可愛らしくて」


 今のは嘘偽らざる本心だ。見た目こそ大人びたものの、大人らしさという観点から言えばむしろ一年前のソフィアの方が落ち着いていたように思う。しかしそれは、大人の社会に適応するために無理をしていたという方が正しいだろう。実際、今のソフィアは年相応というか――それはきっと、一つはグロリアのおかげであろうし、もう一つはナナコのおかげであろう。ソフィア・オーウェルという等身大の女の子を受け止めてあげられるだけの存在が、彼女を年相応の女の子にしてくれたのだ。


 ともかく、互いにいい感じに肩の力は抜けた。ソフィアは緊張した面持ちはどこへやら、「むぅ」と唸りながら歩き続けており――しかし外への扉へとついた時には、再び真剣な眼差しでハンドルを回し始めた。

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