13-21:チェンの檄 下
「そうですね。決戦の前になりますから、レム、貴女に……」
「いいえ、貴方がやるべきよ、チェン。この戦いを始めたのは、もはや誰なのかも分からないけれど……少なくとも、旧世界からDAPAと戦い続けたのは貴方だもの」
「そうは言いますが、あまり人のやる気を引き出すというのは得意ではありません。私はそもそもが裏方というか、人を束ねるような器ではありませんからね」
チェンは肩をすくめながら首を振るが、すぐにT3の方から「いや」という声が上がった。
「グロリア・アシモフの言う通りだ。誰もかれもが貴様のことを全面的に信用しているわけでもないだろうが……同時に、この場に集まった面々は、貴様が集めたメンバーでもある。
そういう意味では貴様が最も適任だとも言えるし……何より、嫌がる貴様の顔が見れるのなら、ぜひとも頑張ってもらいたい所だ」
「はぁ……そう言われると全然やる気が出ないのですが」
そう言いながらチェンは再び周囲を見回すが、一同T3の意見に賛成なようであり、彼に味方をする者はどうやらいないらしかった。
実際、T3にナナコ、シモン、ブラッドベリはチェンが集めたメンバーであるし、ナイチンゲイルを育てたのも彼だ。それに、レムは彼の暗躍を見抜いたからこそアラン・スミスを蘇らせた――そう思えば、チェン・ジュンダーがこの戦いの中心にいることは間違いない。もちろん、みなこの狡猾な軍師には思うところもあるので、嫌がる顔が見たいというのも一人を除いて賛成なようだった。
ただ、チェンに最後のトドメを刺したのは、恐らく善意百パーセントで「どんな話をしてくれるんだろう」と瞳を輝かせているナナコだったに違いない。チェンは最後に銀髪の少女を見てから大きくため息を吐き、扇子で口元を隠しながら顔をあげた。
「やれやれ、断れる雰囲気でもありませんね。それでは僭越ながら……改めて皆さん良くぞこの場に集まってくれました。
T3の言うように、貴方達は好き好んでこの場に集まった訳でもないでしょうし、互いのことを全面的に信用しているわけでもないでしょう。ただ、我々には一つの共通点がある……それは、星右京らを倒すという共通の目的を持っているということです。
この終わりかけた世界で、何かの因果に操られ……」
男はそこで一度言葉を切り、扇子を閉じて真剣な面持ちになった。
「いいえ、我々がここに集まるには、多くの犠牲がありました。散っていった多くの英霊たち……エディ・べスターにホークウィンド、アズラエル……それにファラ・アシモフらが命を賭して紡いだ僅かな道筋が、我々をここへと集結させてくれたのです。
戻ってこないものはあまりにも多いですが、まだ取り返せるものもあります。宇宙の運命が決っさんとした時に、強く駆け抜けたアラン・スミス……彼は雌伏の時を経て、今もなおその牙を研ぎ澄ませていることでしょう」
自分を含め、最初こそはからかい半分であったものたちは、チェンが話を続けるのにつれて真剣に耳を傾け始めたようだ。それは、自分も同様であり――縁があった者や大事な人の名が挙がり、そのせいで自然と気持ちが引き締まったというのもあるだろう。
それに、散っていった者たちのことを悼み、その想いを継ぐ決意を見せているとなれば、もはや誰も彼のことを笑うことなどできないし、何よりチェン自身も友の名を挙げることで覚悟を新たにしているようだった。
「私のために戦ってくれなどとは言いません。各々、その胸に決意があるでしょう。生きて帰れとは言えません。明日の一戦は、かつてないほど熾烈なものとなるでしょう……ともなれば、我らのすべきことはただ一つです。
原初の虎を蘇らせ、この戦いに終止符をうち、亡き友の無念を晴らす……たとえこの身が朽ち果てようとも命尽きるまで戦い、全ての因縁に決着をつけるのみ。そのために、どうか力を……貴方達の命を私に預けてください」
男が話し終わっても、ただ沈黙が場を支配した。誰もが彼の言葉に乗る訳でもなく、拍手をする訳でもない――その対応が冷たく映ってしまったのか、チェンは少し気まずそうに「やはり、こういうのは苦手ですねぇ」と言いながら頬をかいた。
そんな彼に真っ先に反応したのは、小夜啼鳥の二人組だった。
「別に、悪くなかったわよ。ただ、少々物言いが物騒だから、よいしょしてあげるタイミングが無かっただけ」
「そうだね。ちょっと物々しかったけど、私達には丁度いい激励だったかな」
「やれやれ、貴女達はどうしてそう一言多いんですか……ともかく、宇宙の命運は明日の一戦に在り、皆さん今晩は英気を養っておいてください」
チェンがパンパン、と手を叩くと、その場は解散となった。チェンの言う通り、各々明日の決戦に備えて英気を養うことにしたのか、割り振られている部屋に向かって行ったようだ。
自分は変わらずアガタと同室なのだが、先ほど武器の最終調整中だったことを思い出したため、アガタに先に戻っているように言いつけて作業部屋へと戻っていった。二人の熾天使も同じように思ったのか、自分の後を追うように部屋へと入って来て、巨大な実包をシリンダーに込める作業をしている自分の左右へと腰かけた。
「クラウディア・アリギエーリ……それはどうするの?」
「そうですね……アナタ達が持っていてくれませんか?」
「いいのすか? 本来なら自分の手で渡したい物だと思うのですが……」
弾丸を込め終わった完成品を机の上に置き、自分は左右を交互に見ながら話を続ける。
「確かに自分で手渡ししたい気持ちはありますが、きっと外で戦っているアナタ達の方が、アラン君に渡せるタイミングもあると思うんです。何より、一緒に作ってくれたんですから、これは私たちの合作、そういう意味では、二人にも渡す権利があると思いますよ」
明日の決戦に自分が持っていくには巨大でかさばるというのも大きな理由ではあるのだが、そんな面白みに欠けることを言うことも無いだろう。二人はどこか感じ入るように完成品を見つめているのだから。
何より、これは明日、原初の虎の手に渡る。いや、自分がそうしてみせる。こんなものが無くたって、彼は戦える。そんなことも分かっているのだが――きっと彼は喜んでくれるし、その姿に二人の熾天使も喜んでくれるに違いない。
そんな風に思っていると、イスラーフィールが完成品を指さしながら微笑んだ。
「それで、これの銘は何とするんですか?」
「うんうん、それはバッチリ決めてあります!」
何なら、武器の作成はほとんど二人がしてくれていたので、自分はこの武器のカッコいい名前を考えることにほとんどの時間を費やしていたと言っても過言ではない。その渾身の名を告げると、二人の熾天使はその可愛らしい顔を、なんだか絶妙に歪めたのだった。




