13-15:空席の会議室にて 上
「ローザ。調子はどう?」
「妾のことはルーナと呼べ……気分は最悪じゃ。こんな器を使わざるを得ないのだからな」
「そうかしら? 素敵よ、強そうで」
リーゼロッテは本心から賞賛の言葉を送っているはずだ。単純に力を出すのならば、以前ローザが宿っていた細腕の少女であるよりも、今のように相応の素体に宿る方が合理的と思っているのは間違いない。何より、ローザが可愛らしさよりも強さを重視した素体を持ち出したという、勝ちにこだわる姿勢をリーゼロッテは評価しているのだろう。
ただ、リーゼロッテは常に斜に構えて皮肉を言うタイプでもあるので、素直な賞賛もストレートに受け取ってもらえない。事実として賞賛とは受け取ってもらえなかったのだろう、ローザは露骨にイヤそうに口を曲げている。
「……妾は主らが嫌いじゃ」
「それはどうも。私も別に好きじゃないわよ。アナタほど周りを嫌ってもいないけれど」
「ふん、貴様は自分勝手だからな、他人になど興味がないのじゃろうな」
「あまり他人の目を気にしすぎて攻撃的になるよりはマシだと思っているわ」
「一応先日の礼を言おうかと思ったのじゃが、止めておくことにする」
「あら、残念。アナタから礼を聞けるだなんていう珍しい機会をふいにしてしまうなんてね」
そう言いながらリーゼロッテは壁に背を預け、腕を組みながらローザ・オールディスの方を見た。ローザの方は素体の堀が深く目が奥ばっており、瞳から感情を読み取りにくいが――ともかく首を振ってから、真剣な様子でこちらへと向き直った。
「恐らく、次に奴らは海と月の塔に攻め込んでくるじゃろう」
「そうでしょうね。アナタ達の計画を挫くにも、ここに攻め入るのにも、海と月の塔を攻略すれば一挙両得できるもの」
「そして貴様が言っていたように、奴らは我らに対抗できるだけの力をつけてきておる……次の戦こそ、DAPAとACOの残党の雌雄を決する戦いとなるじゃろう。
四の五の言っていられん。我らも力を合わせなければならぬ……さもなくば、我らが悲願が挫かれてしまうことになるからな」
「別に異論も反論もないんだけれど……我らが悲願て何?」
「それは……」
先ほどのリーゼロッテの言葉を借りるなら、進化の果てを目指して三次元の檻から脱却するということになるのだろうが――ローザ・オールディスは窮したように押し黙っている。返事をできないローザに対して、リーゼロッテは鼻で笑った。
「無駄に主語を大きくするのはいただけないわね。アナタにはアナタの願望があるだけで、もはや私たち共通の目的なんかは無いのだから」
「そういう貴様こそ、原初の虎を復活させるなどという独りよがりの妄想をいだいておるのじゃろう?」
「別にそれが悪いことだとも思っていないもの。ちなみに興味本位で聞くのだけれど、アナタは高次元存在の力を得てどうしたいの?
もちろん、以前のアナタの願いは知っている。誰もが出自や才覚にとらわれず、平等な世の中を作りたいと。旧世界でそれができなかったのであれば、惑星レムという箱庭でそれを実現しようとした……それはきっと嘘偽りもなかったことでしょう。
でも、今のアナタは違うでしょう? 私から見たら、剥き出しの欲望のままに既得権益を護ろうとして腐心し、右京やゴードンに力を渡して自らの立場が脅かされるくらいなら、高次元存在の力を自分の手に収める……程度に思っているようにしか見えないのだけれど」
リーゼロッテの質問に対し、ローザは再び押し黙ってしまう。それに対してリーゼロッテは追撃するように息を吸った。
「反論が出ないってことは、図星ってことで良いのかしらね? 別に、それを責めたいわけじゃないわ。それがアナタの願望なら、胸を張っていればいいじゃない。
剥き出しの願望に素直に生きる。大義名分なんかかなぐり捨てて、自分の欲求を満たすために生き続ける……別にアナタも私もそう変わらないって、そう言いだけなのだから」
「……貴様には分かるまい、持たざる者の気持ちなどはな」
ローザは低い声で絞り出すようにそう答える。しかし、彼女の言葉の真意は何なのだろうか? 彼女だって元DAPAの幹部であり、旧世界で言うところの「優秀な人材」であったはずだ。その彼女が劣等感を抱く要素とは何なのだろう――そう疑問に思っていると、リーゼロッテの方がため息交じりに首を振り、壁から一歩前へ出て手を前へと出した。
「もう一度言うけれど、別に力を合わせることに異論はないわ。ひとまず敵の敵は味方、共通の敵を倒すために手を組んで、そして最後に残る空白の座を狙っている……その構図に変化はない。
ただ、共通の敵が侮れない力を得ている以上、今までのように私たちが好き勝手に動いては、勝てるものも勝てなくなる」
「ふん……色々と言い返してやりたい所じゃが、ひとまずは貴様の言う通りじゃ。妾はこの素体で十全に動けるように調整を済ませておく。迎えは右京が寄越すじゃろう。その時まで、貴様も次の戦いに備えておくんじゃな」
ローザは踵を返し、再び自らの玄室の中へと戻っていった。対するリーゼロッテは去っていくローザの背中を見送り、再び誰もいない通路を歩き始めた。




