13-14:人工の月について 下
「今から一万年前に、デイビット・クラークという傑物が居た。彼は上位存在が作ったルールを打ち壊し、進化の果てを見ようとした……その夢を共に追い、傑物が死してなお高次元存在に手を伸ばそうとした者たちが、DAPAの生き残りなの。
その急進的な考えは、社内の中ですら懐疑的に思う者もいた。神を冒涜する行為、人権を踏みにじる悪行、人の平等を破壊しかねない大罪だとね。そんな者たちは、旧世界でその魂を光の巨人へと返すか、惑星の浄化の中へ消えていったわ。
逆に、進化の果てを見ようと思った者たちだけが生き残り、この星まで辿り着いた。そんな旧世界の人々の執念を、アナタは正しいと思わないの一言で一蹴するのかしら?」
『でも……アナタ自身が、それを正しいことだと思っていない。そんな風に見えるけれど……』
何気なく言った一言ではあるが、あながち間違いでもないようには思う。リーゼロッテはただ淡々とこちらの反対意見を述べているだけで、そこに関してこだわりも信念もないように見える――むしろ、その執念を見せた人々に対して、どこか冷笑を隠しているような印象すら覚える。
思い返せば、進化の果てまで辿り着こうと執念を見せた旧世界の人々の多くは、結局のところ元来持っていた信念を貫き通せていないのではないか。ハイエルフ達やルーナを見る限り、世界を管理する側に回ったことで自らを絶対者と思い込むようになり、現世の欲に呑まれて行ってしまったように見える。
また、ファラ・アシモフなどのように真理の探求を諦めた者もいれば、恐らく最初から高次元存在にあまり興味のなかった伊藤晴子やフレデリック・キーツのような者もいる。
旧世界からの信念を曲げずに動き続けているのは、ただダニエル・ゴードンと星右京だけだ。右京に関しては目的も分からないので、曲げていないだろう、という推測にしかならないが――そもそも進化の果てに行こうという執念を一万年持ち続ける者がほとんどいないのであれば、結局人というのはそんなものであり、ある意味では来るべき時に生まれ、去るべき時に死すものという普遍的な考えの方が筋が通っているようにも感ぜられるのだが――。
いや、まだ一人、一万年の時間の中で信念を曲げないものが居たか。この体を操っている張本人、リーゼロッテ・ハインライン――だが、彼女の場合は事情も特殊だ。彼女は一万年の間、虎との決着を望んでいたのは事実ではあるが、それはあくまでも実現しない夢物語として抱き続けていたのであり、彼女自身はその可能性を半ば諦めていたはずなのだから。
それ故に彼女は惑星レムの統治にも興味を示さなかったし、ずっと夢の中で原初の虎と戦い続けていた。その一途さこそある意味では驚嘆に値するのかもしれないが、同時に彼女が進化の果てを語るのは筋違いのようにも思う。
「……ふふ、アナタの言う通りよ。だけど、それは論点のすり替えね。確かに私は進化の果てを語る資格などないかもしれないけれど、それは私に対する個人的な攻撃であって、こうやって脳だけで生きることの否定にはならないわ」
『確かにその通りだけれど……結局、旧世界の人類だってその崇高な理念とやらを失っている者が多い。結局、人という存在はあまりに長く生きたところで、個人の思想は徐々に失墜していく……肉と同じように、心もだんだんと腐敗していく。それなら、後の世代に進化を託していくのが正解なんじゃないかしら?』
「成程、それは一理あるわね。でも、私たち最後の世代は、誰に託せばいいのかしら?」
『それは……』
私たち第六世代型に、そう言うこともあながち筋のない話ではないはずだ。第六世代型は最後の世代のゲノムを継いでおり、同じように肉の器にある存在。逆に、旧世界の生き残りである最後の世代という言葉は、彼女らから見た一元的な呼称でもある。それを思えば、彼女らが自分たちを勝手に最後と思い込んでいるだけで、継がせるべき相手は現に存在しているとも言えるだろう。
しかし彼女たち旧世界の人々の思いを託すべきは私達だ、と言い切れなかったのは、ただ座して権利を主張するのもおかしな話と思ったから。また、自然言語的な処理でもって行動を規律するという視点で言うのなら、第六世代でなくても第五世代も後継者たりえる。
もっと言えば、第五世代であれ第六世代であれ、自分たちは最後の世代の何を継承し、どのように進化をしていくべきなのか――そこを定義しなければ、話は進まない。そしてそれは自分が決めることではなく、最後の世代たちが決めるべきことのように思う。
「……アナタが、私の意志を継いでくれるというの?」
『さぁ……まずはアナタの心が分からなければ、それを決めることもできないわね』
「おあいにく様。そんな受け身じゃ、分かるものも永久にわからないわよ」
リーゼロッテはそこで自らの脳に対して踵を返し、自らの玄室を後にした。そのまま誰もいない通路を歩き続けていると、ちょうど近くの扉が開き――そこから一人の妖女が姿を表した。十中八九、彼女はローザ・オールディスだろう。
一応女性らしい骨格をしているが、しなやかな筋肉がスーツの下からでも浮き彫りに成程で、鍛えている自分の身体よりも大きい――先日の激戦で見せたものよりは二回りほども小さくなっていると言えども、恐らく前回の器がパワー特化で、今回のものはスピードも兼ね揃えているといったところか。
人口密度が極小の月で人と会うなどというのも不思議な感じもするが、この区画は七柱のみが侵入を許されている聖域であり、彼女も次の戦いに備えて準備をしていたということなのだろう。相手も同じように思ったのか、向こうは怪訝そうな表情を浮かべており、対するこちらは気さくな感じで軽く手を挙げて挨拶をした。




