13-13:人工の月について 中
ともかく、旧世界の生態系を再現するために、管理部門は月の内部においてそれなりの広さを兼ね揃えている。月の中に擬似的に海や温帯、乾燥帯などを数百メートル四方で再現しているため、全体としてはなかなかの広さになるのだ。また、箱庭の生態系を維持するのに合わせ、この月の中は重力も惑星レムと同じ程度になるように調整されているようだった。
リーゼロッテ・ハインラインが向かっているのは、ちょうど生産部門と管理部門との中間に位置する一角だった。そのとくに最深部、高レベルのセキュリティIDが無いと侵入できないその場所こそ、七柱の創造神たちの本体が眠る場所であり――各々の本体が眠る揺り籠においては、本人を除いては同じ七柱同士でも侵入することができない場所でもある。
「……これよ、これが私……一万年の時を永らえて、みすぼらしくも生き続けているのが、元々私であった者よ」
自らの手が触れた機械の箱には様々なパイプや計器とが繋がれている。その中央には、僅かに中を覗けるガラスの面があり――琥珀色の液体の中に、人の脳らしきものが浮かんでいる。
七柱の創造神たちがこの星に辿り着いた後も生き残る方法として考えられたのは三通りあるようだ。一つはファラ・アシモフのように長命種に脳を移植すること、もう一つは肉体をそのまま保存するというもの、そして最後がこのように脳や神経だけ摘出して稼働を続けるというものだった。
とくに人格の転写というシステムが作られているため、肉体の保存にはあまり意味を為さなくなっていたようだ。それに、七柱の創造神たちは星間飛行中の多くの時間を冷凍睡眠して過ごしていたと言っても、七千年の間で少しずつ稼働していたのであり、この星に辿り着いた時にはかなりの高齢だった。どのみち元々の器では高いパフォーマンスを発揮することは難しいと判断されたため、多くの場合はこのように脳と神経を摘出する手段を取った、とのことらしい。
「こんな脳みそだけの存在に好き勝手されているだなんて、なかなか腹に据えかねることだと思わない? エリザベート」
『それなら、アナタはなんでこんな酔狂なことをしているのよ?』
「そうね……質問に質問で返すようで悪いけれど、アナタはこれを見てどう思う?」
自分としては贓物などじろじろと見たいわけではないのだが――リーゼロッテがかつて自分だった物をじっと眺めて視線を放さないため、イヤでも視界に入ってくる。
『……人は自然と老い、そして死んでいくべきだと思うわ。こんな風に生きながらえるのが、正しいことだとは思わない』
「本当にそうかしら? それは、アナタの倫理観で言うところではそうというだけ……幼少の頃より教え込まれた社会規範や宗教的な道義が、アナタにそう思わせているだけなんじゃない?
もしそうなら、右京やローザの作った社会規範は、上手く第六世代たちの行動を制御できていると言っても良いでしょうね。
一歩引いた目線で考えなさい。いわゆる永久の命というものは、元来のルールに当てはまらないだけ……確かに肉の器にある者は老い、朽ちていくのが原則だけれど、そのルールを定めたのが自らの上位者であるというのなら、そもそもその上位者って正しいのかしら?
何より、もし今のルールを破壊すればより高みに行けるというのなら……どうしてアナタは既存のルールに縛られているのかしら?」
『それは……』
そう言われると、確かに自分が脳髄だけで生き残っていることに関して嫌悪感を示したのは、単に「そういったものを見たことが無いから」という経験則に基づく浅はかな考えなのかもしれない。
もっと踏み込めば、自分にはこのように生きる権利もないから、端から否定的に感じるのかも。それなら彼女の言うように一歩引いた眼で考えてみたらどうか。しかしなかなか客観的に目の前の状況をとらえることもできず、同時にこの状態で「生きている」というのをそんなに羨ましいとも思えない――そんな考えに至るのは、結局は肉の器の本能に精神を縛られているせいかもしれないが。
そんな風に考えていると、自分は口元を吊り上げて――もちろん、笑ったのはリーゼロッテだ――浮いている脳をまた凝視しながら話を続ける。




