13-12:人工の月について 上
自分の身体は月へと来ていた。身体は、と表現した理由は単純で、自分の意志とは関係なくそこへと向かっていたからだ。リーゼロッテ・ハインラインが月へのエレベーターを乗り継ぎ、そこへと誘われた形である。
月へのエレベーターは、惑星レムの二か所に設置されている。元々は赤道に浮かぶヘイムダルが軌道エレベーターの役割を担うはずだったが、レムリアの主要都市へのアクセスが良くないため、もう一つ建造されたのが二つの目のエレベーター、海と月の塔らしい。
海と月の塔で最初に作られたのはむしろ地下部分だった。元々は惑星レムを人が住める規格にするために行われた二つの調整、それが海底のモノリスにより荒れる海を治めることと、重力や公転軌道を旧世界に合わせることであり、それぞれ役目を担ったのが塔の地下部分と人工の月。その後、宗教的な権威として地下部分から月へのエレベーターとして増設された結果、作られたのが海と月の塔だった訳だ。
海と月の塔は月へ直通しているわけではなく、軌道上を回るいくつかの宇宙ステーションや小規模な人工衛星を何度か乗り継いで行く必要がある。エレベーターの物理的な距離が天然の月よりも近いと言っても、その移動には一日は掛かるものだった。
実際に辿り着いた人工の月は、自分が予想していたものとは結構な違いがあった。月の外面に建物などがあると想像していたのだが――もちろん、ないことも無いが――施設のほぼすべてが内部に集中しているらしく、外面は比較的シンプルな構造をしている。内部では旧世界で発見された最大のモノリスを動力、並びに制御装置として活用しており、施設内のエネルギー供給を担い、ほとんど無人の――雑務をこなすアンドロイドを除いて――月を動かし続けているようだった。
人工の月についての構造については、リーゼロッテ・ハインラインの記憶からある程度のことは共有されている。直径二千キロメートル程の球体の内、とくに内側の大部分は内部機関として存在しており、主に惑星レムの重力をコントロールする役割を果たしている。併せて、距離を調整することで潮の満ち欠けや気象をコントロールしているらしい。
また、フレデリック・キーツの無敵艦隊と同様に、オールディスの月は宇宙からの外敵に備えた武装も取り揃えている。その主力は、月の外面にあるパネルで集めた太陽光をエネルギー源とする超巨大レーザー砲で、その砲身は直径に十キロメートルにも達し、それはあの魔術神アルジャーノンの第八階層魔術すら凌駕する威力を放出できるようだ。かのレヴァンテインが放つマルドゥークゲイザーは、この超巨大レーザーの一撃の出力を調整した上で、いくつもの衛星による反射を用いて地上へと放たれている、とのことらしい。
さて、月の内部の残りに関しては、さらに大まかに生産部門と管理部門とに分けられる。生産部門は更に機械開発と生物開発とに分けられ、主に前者では武器や機械などの生産が行われており、後者では第五世代型の増産や第六世代型――肉の器にある人型アンドロイドの開発とクローンの生産、さらには動植物の管理が行われている。
ちなみに、生産部門を管理する最後の世代はいない。かつて機械の生産をしていたDAPAが一角、ダイナミクスモーターズの者たちはドワーフとして地に降り、動植物やアンドロイドの生産を担当していたアシモフ・ロボテクスカンパニーとパラソル社の重役達はハイエルフとして地に降りていたからだ。この月で行われているのはAIによる自動管理と生産であり、足らなくなった部分を適宜補填するために存在する。そして生産したものや、旧世界から運んできた動植物などを保管しておく場所が管理部門である。
旧世界の動植物の種子や遺伝子情報は、移民船アーク・レイで冷凍保存されて惑星レムまで運ばれ、月が完成した際に研究、増殖のためにこの月の中で再現されている。惑星レムに旧世界と同様の動植物が存在するのは、この研究によって培養された生態系を展開したことに起因する。言ってしまえば元々レムに原生していた動植物を淘汰して展開したとも言えるのだが――その結果の歪みとして生まれたのが魔獣とも言えるのかもしれない。




