13-10:魔王と虎と板挟みの彼女 中
「あの男の気持ちが理解できないではない。懸想していた相手を目の前で失ったのだ……その整理をするには時間もかかることだろう」
「えと、けそうってなんですか?」
「恋い慕うことだ」
「こここ、恋!?」
「あぁ。あの男がユメノに想いを寄せていることは、三百年前の戦いのときから気付いてはいた。むしろ、お主は気付いては……あぁ、夢野七瀬であった時の記憶は無くなっているのであったか」
ブラッドベリの言う通り、三百年前の夢野七瀬とT3の――アルフレッド・セオメイルがどのような関係であったのかは、人づてやT3自身の口から聞いた範囲のことしか自分は分かっていない。
しかし、この星から去るナナセを海と月の塔まで追いかけ、三百年ものあいだ復讐心に身を焦がしていたのだから、T3にとって夢野七瀬は大切な人物であったことは疑いようもない事実だろう。それが恋であったとするのなら――。
「……でも、やっぱり、T3さんが好きだったのは夢野七瀬なんだと思います」
「もしお主が同じ魂を継いでいるというのなら、それはそのままお主への想いになるのではないか?」
「少なくとも、T3さんはそうは思っていないと思いますし……私自身も、自分が夢野七瀬であるって感じはしないんです」
実際の所、確かに自分はナナセの魂を継承しているのかもしれないが、今の自分はアルフレッド・セオメイルの知っていた夢野七瀬とは違う存在なのは間違いない。
それは、単に彼が自分をナナセと認めてくれないからでなく、自分の実感としてもその通りで――自分がそんな風に思う一番の理由は、今の自分をナナセと呼ぶ者がいなかったせいかもしれない。記憶が定かになってからはアランにナナコと名付けられ、チェンやT3からはセブンスと呼ばれていたので、ナナセというのに実感が沸かないのだろう。
先ほどブラッドベリに言った通り、自分が何者であるかについてのこだわりはそんなにない。自分が何者であったとしても、やりたいことは変わりないのだから。それならば、ナナセであっても良いのだが――それはきっと、あの人が嫌がるから。それなら自分はセブンスで良い。
そんなことを考えていると、なんだか頭が混乱してきてしまった。いっそ自分はナナコです、セブンスです、夢野七瀬ですと、いずれか明言してしまった方が自分も周りも困らないのかも。しかしどれが自分にとって最も適切かこの場で答えを出すこともできず、思考がグルグルと回ってしまう。
なんにしても、呼び名が三つもあるとややこしいことはこの上ないのだが――ひとまず自分が夢野七瀬としての因子を持つのであれば、目の前の人に謝罪しなければならないことを思い出す。
「突然話は変わりますが、あの、すいませんでした……三百年前のアナタとの約束、護ることができなくって」
「それはおかしな話だ。お主がユメノではないということなのなら、謝る必要などなくはないか?」
「でも、多分ナナセに一番近い立場にあるのは私ですから。せめて代わりにでもと思って」
「もちろん、目覚めた時に失望があったとは言わないが……ユメノの想いを踏みにじったのは七柱共だ。お主がユメノであれセブンスであれ、どちらにしても謝ることはない。それに……この戦いが終われば、どの道全てに片はつく」
そういうブラッドベリは、感情の読めない表情でどこか遠くを見つめた。全てに片が付く、その言葉に何か不穏なものを感じ――彼が何を意図しているのか何となく理解し、確認のために質問をしてみることにする。
「あの、私たちが七柱の創造神に勝ったとして……もちろん、絶対に勝ちますが……アナタは魔族たちを引きつれてレムリアの民と戦争を始めるつもりですか?」
「そうだ、と言ったら?」
こちらの質問に対し、ブラッドベリは攻撃的な笑みを浮かべる。相手の真意は見えないが――ともかく、もしこの人がその気なら、それはきっぱりと止めなければならない。
「戦争を止めるまでアナタを説得します。もしレムリアの民の側が魔族に対して戦争を始めたら、レムリアの民に止める様に語り掛けます……だって、本当は戦う必要なんてないんですから」
「確かに、我らが戦うように仕組んだのは七柱であり、本来は戦う必要などないのかもしれぬ。しかし、それは三千年の時の中で本能に刻まれ、同時に互いに歩み寄りようのない歴史を刻んできてしまった。我らは互いに滅ぼし合うまで戦い続ける他にない」
「それでも、私は説得を諦めません。これ以上、血が流れるのは見たくありませんし……魔族さんもレムリアの民も、互いに生きたいという想いは変わらないはずですから。
すぐに仲良くできないのなら、せめて互いに距離を取って落ち着くとか……そういう手段だってあると思うんです」
「互いの生存圏を脅かさないなど綺麗ごとにすぎぬが……」
こちらの言葉がおかしかったのか、ブラッドベリは突然自嘲的な笑みを浮かべた。
「何かおかしいことがありましたか?」
「いや、アラン・スミスにも同じことを言われたと思いだしてな。思い返せば、お主とアラン・スミスにはどこか似たものを感じる。綺麗ごとを吐く夢想家である一方で、頑として譲らぬ強い意志を持っているところなどそっくりだ」
「そうですねぇ、アランさんと私は……いえ、夢野七瀬は元はと言えば同じ時代の出身ですし、持っている常識とか思考も近いのかもしれないですね」
「……どういうことだ?」
そう言えば、ブラッドベリはアラン・スミスの正体については聞かされていないのか。それならばと、自分が知っている範囲で情報を伝えることにした。




