13-9:魔王と虎と板挟みの彼女 上
「あのぉ……何度か言ってますけど、私はユメノじゃなくてナナコ、またはセブンスです」
何故に自分がそんな断りを入れなければならない状況になっているのかというと、ブラッドベリがこちらのことを「ユメノ」と呼んでくるからである。それはあの火口での戦闘後からそうであり、何度かユメノではないと伝えているのだが、結局こちらの意見が取り入れられずにいる。
今は真昼間、森林の中と言えども少し拓けた所なので、枝葉の隙間から適度に日が差す気持ちの良い時間帯。外で作業をしているシモン達のために昼食を持って来たついでに――魔族やシモンたちは少し離れたところでガツガツと食事をしている――ブラッドベリと会話をしている中でユメノと呼ばれたので訂正した形だ。
「事情は理解できてはいる。ナナセ・ユメノの肉体は朽ち、貴様はクローンであるということだろう?」
「はい! なので、私は厳密には夢野七瀬という訳では……」
「だが、同じ魂を有しているというのなら、お主はやはりユメノだ」
「同じ魂を有しているってどういうことなのでしょう?」
「そこに関する合理的な理由や根拠がある訳でもないのだがな……しかし、以前と全く同じ技を操り、同じような立ち居振る舞いをする。
同じ遺伝子情報を持ってすれば、なるほど、姿形が似るのは納得できよう。しかし、性格を形成するには環境要因は無視できぬはずだ。それなのに以前と全く同じように人格形成がされているのは、同じ魂を有しているからと想定するのが自然だろう」
ブラッドベリは何やら難しいことを言ってくるのだが、ともかく呼び方を改めるつもりはないということだけは理解できた。自分としては呼び名にこだわりがある訳でもないので好きに呼んでもらって構わないのだが、ユメノとかナナセだけはよろしくない――何となく反対しそうな人の方へ視線を向けると、銀髪の男性はノーチラス号の外壁に背を預けながら首を横に振った。
「……別に、好きに呼ばせればいい」
「はぅぅ……その、大丈夫ですか?」
以前の話にはなるが、T3は自分が夢野七瀬になることを嫌がっていた。もちろん、自分が変に舞い上がらなければいいだけで、他人が自分のことをユメノと呼ぶ分には問題ないのかもしれないが――なんとなく、T3の前で夢野七瀬と認識されると居心地が悪い印象がある。
そうでなくとも、T3とブラッドベリはなんとなく微妙な雰囲気なのだ。互いに七柱に恨みがあり、敵の敵は味方で同じ場所に居てくれはするのだが、同時に三百年前に命を懸けて戦った相手であり、今更仲良くできないということなのかもしれない。
ともかく、こちらの質問に対してT3は押し黙ったままであり、自分と同じように彼の方を見ていたブラッドベリの方が訝しむ様な表情を浮かべて口を開く。
「何故その男の許可を取る必要があるのだ?」
「えぇっと、そのぉ、それは……」
「……成程、その男が器にこだわって、お主がユメノであることを認めていないということだな?」
ブラッドベリは呆れたように嘆息を吐いた後、再びT3の方へと向き直った。T3の方は俯きながら無言を貫き通している。そのせいで二人の男の間に奇妙な緊張が走っており――自分がいたたまれなくなってきたので、空気を取り繕うためにT3のフォローをすることにする。
「あ、あのあのあの! T3さんは夢野七瀬の仇を討つべく、三百年も戦い続けてきたので、そう言ったところにこだわってしまうのは仕方ないと言いますか!」
「だが、お主をユメノと認めないのは、お主の尊厳を認めていないのに等しいではないか」
「……私は己の矮小さは認めているつもりだ」
自分とブラッドベリが話している間を、T3の呟くような声が遮った。振り返ると、T3はノーチラスの外壁から背を離してすたすたと歩き去っていこうとしてしまう。
「あ、T3さん、どこに行くんですか!?」
「武器の調整に戻るだけだ……決戦の時は近いのだからな」
それだけ言い残し、T3はノーチラス号の中へと戻っていった。その背を追いかけようか一瞬悩んだが、それよりも誤解を解くべきだろうと思い外に留まることにする。
「すいません……T3さん、根は優しい人なんですけど、あぁやってぶっきらぼうで誤解を招きやすい人と言いますか……」
「私は構わぬのだが……お主は良いのか?」
「セブンスって呼ばれることに関してですかね? 私はむしろ結構気に入っていると言いますか……正直、自分のルーツに関してはそんなにこだわりが無いっていうのが正解ですかね。
私が何者であったとしても……夢野七瀬であったとしても、第七世代型アンドロイドのセブンスであったとしても、やるべきこと、したいことは変わりませんから」
「成程。やはりお主は夢野七瀬だ」
ブラッドベリは微笑みを浮かべながら小さく頷いた。普段は威圧的で怖い雰囲気をまとっているが、こうしてみると落ち着きのあるお父さん風というか、どことなくホークウィンドを思い出させる出で立ちをしているようにも思う。いつもは魔族の王という立場から隙を見せないが、もしかしたらこちらのどことなく穏かな所がこの人の根の部分なのかもしれない。
そんな風に思いながら見つめていると、ブラッドベリは真顔に戻り、T3の消えていったノーチラス号のドアの向こうを眺めながら口を開いた。




