13-4:いつかの日に作ろうとしていた物 下
「確かに、自分のことを自分で決めるのは大変なことです。そこには責任も生じますし、誰かの言うことを聞いているほうが楽なのも間違いありません。
そもそも、目的だとか命令だとか、そんな難しいことを考える必要はないと思いますよ。肉の器にないアナタ達は、第六世代と比べて本能が弱く欲求が薄いのだと思いますが……それなら誰かの役に立ちたいとか、喜ぶ顔を見たいとか、自らの行動を決めるとするのなら、それくらいでいいんじゃないでしょうか?」
「それは……何者かの欲求に則す行動をすることで社会的なロールを得て、自らの存在意義と地位を確立すればいい、ということでしょうか?」
「ぬぬぬ、難しく考えますねぇ。私が言いたいのはもう少し単純で、誰かが喜ぶのを見たら嬉しいだろうって、それくらいの話なんですけど……たとえば私以外に、この船の中にいる誰かの役に立ちたいとかってありませんか?」
「そうですね、貴女以外なら……T3でしょうか」
「ほほぅ、その心は?」
思わぬ名前が出たせいか、クラウディアは興味津々という感じでテーブルから少し身を乗り出した。対する熾天使達は互いの顔を見合わせ、それぞれの口を開く。
「性能は落ちていると言っても、身体の調整をしてくれたのはアイツだし……」
「彼もまた、貴女と同様にジブリールを救い出すのに尽力してくれました。それに……彼は私がアラン・スミスに責められている時に庇ってくれましたから」
「あぁ、確かに……あの時は気まずくしてごめんなさいね」
あの時、という現場には自分はいなかったのだが、恐らくティアがその始終を見ていたということなのだろう。クラウディアは両手を合わせながら小さく頭を下げた後、そのままパッと笑顔を浮かべた。
「でも、素敵じゃないですか! それなら、T3に……」
「ですが、彼に命令を出してくれと依頼しても、素気無く返されるというシミュレーション結果しか出ず……」
「あははぁ……確かにあの人に付きまとっても鬱陶しいって言いそうですねぇ……」
彼女らの言うように、恐らくT3に付きまとったところで無視されるだけだろう。正確に言えば彼は意外と面倒見は良いのだが、無口でぶっきらぼう、その上誰かに頼ることなど間違いなく苦手。そう思えば、ナナコくらいにずけずけと行くタイプでないと、なかなかコミュニケーションが成立しないとも言える。
クラウディアも同じように思っているのだろう、少し腕を組んで考えこみ、そしてまた何か閃いた、という調子で手を叩いた。
「それじゃあ、私のお願いを聞いてくれませんか!?」
「新たな命令でしょうか? 謹んで……」
「いえいえ、命令ではなくお願いです。命令って言うのは上下関係がありますが、お願いなら対等ですし……本当ならシモンさんやチェンさんにお願いしようかと思ってたんですが、お二人とも忙しそうですからね」
その言い草だと熾天使たちは暇だと暗に言っていることになるのだが、ひとまずやるべきことが見つかったことの喜びの方が大きいのか、イスラーフィールとジブリールは嫌な顔一つせずにクラウディアの言葉にうなずいた。
「それで、何を依頼してくれるのでしょう?」
「丁度どうしようかなと思って持ってきていたのですが……これです! これを作るのを手伝って欲しいんですよ!」
クラウディアは机の横に置いていた羊皮紙を広げて二人の前へと差し出す。その紙はくたびれており、恐らくそこに書かれている何かの設計図を描いたのはつい最近の出来事ではない――おそらく、まだアラン・スミスと旅をしている時に作ったものなのだろう。
二人の熾天使は設計図を凝視し、すぐにまた互いに目くばせをして首を振ったり頷いたりしている。そしてどう伝えるべきか決まったのだろう、イスラーフィールの方がクラウディアに向き合い、どこか申し訳なさそうに眉をひそめている。
「これは……あまり合理的な武器とは思えません」
「そうですね、全然非効率的なのは認めます。ただ、世の中には時として、効率よりも重要なことがあるんです」
「えぇと、それは……?」
「浪漫です!」
クラウディアは人差し指をイスラーフィールとジブリールの方に突きつけながらそう叫んだ。熾天使達はぽかんとしており――その様子を見てクラウディアは満足そうに微笑み、フォークを取って食器の残っている残りを口に運び始めた。
「浪漫があれば、やる気が出ますからね。どれほど合理的で効率的であっても、やる気が出なければ人は行動できません。逆に気持ちが盛り上がれば、モチベーションから思わぬ力が沸いてくることもあります。まぁ、浪漫でお腹が膨れないのは認めますが……」
浪漫で空腹が満たせるわけでないということを理解しているのと同様に、クラウは浪漫だけでアイテムを作成したりはしない。本来は基本に忠実で、堅実なタイプであることを自分は知っている。おそらく堅実すぎる熾天使達に物事の面白味を教えるために、敢えてふざけているのだろう。
それに――設計図を見た瞬間に分かったのだが――誰がこの道具を使うのかという点も重要だ。たとえば真面目なタイプが彼女が作ろうとしている物を持ったとしても、安全性や実用性の観点から使いもしないかもしれない。しかし、クラウディアが贈ろうとしている相手はこういった武器を好む傾向にある。とくに彼は戦闘に関して精神性のあり方を重要視するタイプでもあるので、テンションが上がる武器を持たせてあげるというのは存外に良いアイデアに違いない。
そしてクラウディアは二回目のおかわりを綺麗に平らげて後、両手を組んで食後の祈りを掲げ――今の祈りは慣習であるのと同時に、食そのものへの感謝として行われたように見える――満面の笑みを浮かべながら開かれている設計図を指さした。
「アナタ達と一緒にこれを作れば、きっと浪漫と実用性が合わさって最強に見える武器が作れると思うんですよ。ただ、私の技術力じゃ試作品を作るので手一杯だったので……なのでお二人に協力して欲しいんです。
大丈夫、損はさせませんよ! きっと、私がさっき言っていたことが分かるようになるはずですから!」
要するに、クラウディアは彼が欲しがるものを作ろうと思っているだけであり――もっと言えば、彼が喜ぶ顔が見たい、その一心でこの武器を完成させようというのだろう。そしてきっと、その目論見は成功するに違いなかった。




