幕間:ハインラインという血族 下
「アナタの想像通り、ハインラインは近親交配を繰り返した。ただ、近親交配を繰り返すと、遺伝子疾患を患う可能性が高くなる……アナタの父の世代で、一族がテオドールしかいなかったのはそのせいね。
その脆弱性を克服するために、この星のハインラインという大貴族にはある一つの本能がある。時おり外の血を混ぜることで、遺伝子疾患を克服しようとするのよ。まさかその本能に従って、王の妻を寝とることになるとは誰も予測していなかったようだけれど」
「悪趣味だわ……」
自分がそう返答したのは、近親交配に関してでも外から血を取ることでもない。そもそも、一応ハインラインの家系図については自分だって認識している――そういう一族と言うことは自分だって知っていたのだ。
自分が悪趣味と思ったのは、七柱の創造神たちが一族の本能すら規定し、生き方を歪めていた点だ。結局、自分たちは旧世界の人類に管理される家畜の様なものであり――その始祖は狼の血脈を持っていたとしても、その後胤たる我々は牙を抜かれた従順な犬とかしている事実がやるせなく、ただ悪態をつくことしかできなかった。
「そうね、私も悪趣味だと思う……そもそも、別にDAPAの技術力を持ってすれば、こんな煩わしいことをする必要はなかったわけだもの。領主には私と遺伝子情報の近い適当なクローンでも用意して、代替わりの度に新しいクローンに入れ替え、人々の記憶を操作したってよかったのよ。
でもまぁ、あまりに歪な矯正は、意外な不和を招く……記憶の改竄は便利なようで、世界には改竄前の爪痕は必ず残っている。そこから違和感が生じて、解脱症が一気に広がる懸念もあった。それに、残っている紙媒体の資料を逐一修正するのもコストもかかるしね。
それ故、旧世界で大帝国を作り上げた王族にならい、同じようなシステムを導入したってわけ」
「アナタは……自分の子孫がそんな風に使われることを、不憫に思わなかったの?」
「私は、この世界の趨勢になんか興味はなかった。だから、この星におけるハインラインとかいう血脈もどうでもよかった……せいぜい、野良犬だった私の遺伝子が、まさか由緒正しき貴族の血筋になるだなんて皮肉だ、くらいには思っていたけれど」
皮肉なことだが、彼女と自分は全く逆に思っていたようだ。自分は一族こそが犬であると思っていたのだが、リーゼロッテは自身こそが犬だと言う。こちらはその在り方の強さに狼を見出していたが、彼女は血筋に見出している――結局のところは自分に無いものが美しく見えるということだろうか。
もちろん、彼女は自身の出自が卑しいと思っているだけであり、操られているだけの一族を羨んでいるわけでないのは明白なのだが。しかし同時に、リーゼロッテは興味あり気に微笑みながらこちらを真っすぐに見つめてくる。
「私がアナタに構うのは、アナタがハインラインだからではないわ。アナタが全く素直じゃなく、不器用な愛情表現しか出来ないから……それが面白いから観察したいだけ。それに、全くの偶然と言えども、アナタの体は扱いやすいしね」
一度言葉を切り、彼女はあくびでもするように身体を思いっきり伸ばして見せた。自分と見た目は似ていると言っても、細かい点は色々と違う――この世界で現れる彼女は旧世界の全盛期の姿形を取っているらしく、確かに鏡で見るエリザベート・フォン・ハインラインに背丈格好は似ているとは思うが、細かな点で見れば相違はある。とはいえ、自分もあと数年経ったら、より彼女に似ていくと思う――それくらいに外見は似ていると言ってもいいだろう。
同時に、だからこそ皮肉にも感じる。この世界がまさしく終わらんというタイミングで、丁度外から血を求めた時に限り、リーゼロッテ・ハインラインが最も適応できるであろうエリザベート・フォン・ハインラインという器が偶発的に生まれたのだから。
しかし、不器用な愛情表現しか出来ないのが面白いというのは、それこそ悪趣味だとも思う。好きで素直になれない訳ではないし、不器用だという自覚はあるのだが、それを改めて指摘されるとなるとカチンとくるのも確か――などと想っているうちに、リーゼロッテはこちらへと向き直り、今度は無邪気な笑顔をこちらへと向けてくる。
「ねぇエリザベート、どう思う?」
「……何が?」
「クラウディア・アリギエーリが言っていたこと。アラン・スミスがピンピンしているって」
「きっと事実よ……うぅん、信じたいわ、あの子の言ったことを」
そう、先ほどリーゼロッテに幾許かの反骨心を見せられたのは、単にクラウが自分を励ましてくれただけが理由ではない。自分が彼を死地に送り出したのだが、同時に――何度も死線を乗り越えて、何度も立ち上がってきたあの人が、まだ諦めずにいると言うことは、何だか異様な説得力があったから。もし彼が今も再起の時を図っているなら自分も――そういう動機で剣を取り、リーゼロッテに反抗して見せた訳だ。
こちらの言葉に対し、リーゼロッテはどこか寂しげな笑みを浮かべて立ち上がり、一歩、二歩と歩き出す。足を止めたのは、こちらから数メートル程の距離であり――それは先ほどと同じ間合い、そして先ほどと同じように剣を抜いて切っ先をこちらへと向けてきた。
「そう……それなら、呆けている場合じゃないんじゃない? 私を乗り越えて、早く仲間たちに合流しなければと思わないのかしら?」
彼女の言う通り、アラン・スミスを蘇らせるのに自分が必要というのなら、身体のコントロールを取り戻さなければならない。いや――。
(……必要とされるから立ち上がるのではなく、自分がそうしたいから立ち上がるべきよね……)
そもそも、なぜ彼女がこんな真似をするのか全く分からないが――それでも、座して待っているよりは、足掻いて前のめりになる方がマシだろう。そう思い、足元に投げ出されていた剣を持って立ち上がることにした。




