3-4:作戦会議 下
アガタが扉を閉めてから、少しのあいだ静寂が訪れる。そして、それをシンイチが咳払いで終わらせた。
「さて、それじゃあ協力してもらえるということで……僕からまずお礼を。ありがとう、ソフィア、エルさん、クラウディアさん、そしてアランさん。そして謝罪を……ソフィアとクラウディアさんに関しては、思うところもあったはずだ。僕らのワガママで振り回してしまって、申し訳なかった」
深々と頭を下げるシンイチに対して、ソフィアが慌てた様子で声を掛ける。
「そんな、謝らないでください。もう一度シンイチさんのお手伝いできる訳ですし、元々は私の未熟がいけなかったわけで……それに、シンイチさんの元を離れたから、見えたものもありましたから」
「……ありがとう、ソフィア」
改めてシンイチはソフィアに対して頭を下げると、今度はクラウのほうを見た。
「まぁ、勇者様からしたら、教会内のゴダゴダで私が勝手に不機嫌になってたわけですから……気にしないで大丈夫ですよ」
「ありがとう、クラウディアさん」
シンイチはもう一度頭を下げて、次に顔を上げた時には柔らかな笑顔を浮かべていた。
少しすると、テレサが手をちょこん、と上げた。
「……あのう、シンイチさん。ちょっと提案があるのですが」
「うん? なんだい、テレサ」
「魔王討伐の際、勇者様のお供は、私でなくてエルお義姉さまに交代した方が良いと思うのです。私の剣はハインラインの亜流ですから、二刀を上手く扱えるわけではありません。神剣と宝剣の真価を発揮するなら、エルお義姉さまの方がいいかと」
その意見に、テレサの隣のアレイスターも頷く。
「それなら、私もソフィアと交代したいですね……私の魔術は、大隊向けですから。最終的に魔王と戦うなら、ソフィアの方が適任です」
二人の意見に対して、シンイチは静かに首を振った。
「いいや、交代は無しだ。実践問題で言えば、三位一体の儀【トリニティ・バースト】が使えない。アレは、一朝一夕では使いこなせないからね」
トリニティ・バースト、聞きなれない単語が出てきた。しかし、なんだか凄そうでカッコいい――そう言えば、神剣だとか聖剣だとか、男の子の心をくすぐるやつがたくさん出てきていたのに、心がわさわさしなくなっていた。多分、今まで急展開で、余裕が無かったせいだろう。
「アレイスター、テレサ、それにアガタも、僕は君たちとの絆を信じている。三人とともに歩んできたのだから、最後まで……そして、それはきっと、彼女たちも同様さ」
トリニティ・バーストの説明がないまま、シンイチはこちらの列を見た。
「彼女たちは、アランさんの元にいるのが、一番実力を発揮できると思うんだ……だからさっき、アランさんを主語に力を借りたいって言ったんだけれど」
シンイチの言葉に、ソフィアははにかんだ表情をしてくれたが、エルは露骨にイヤそうな表情をしていた。多分、後ろのクラウも同様だろう。
「……まぁ、慣れている面子で行動したほうが、動きやすいっていうのは同意ね。それで、宝剣はテレサに渡したほうがいいかしら?」
エルの言葉に対して、シンイチは首を振る。そして立ち上がり、壁に立てかけてあった一本の剣を持ち、エルのもとへと歩いてくる。
「いいや、それはエルさんが持っていてくれ。恐らく、敵の隠し玉はかなり手ごわい……ヘカトグラム一本では諸刃の刃にもなりうるけれど、出力を調整すればアウローラ無しでも使えるはずだ。それに、それの使い方はかなり難しい……テレサよりも君が持っているべきだろう。あと……これを」
エルは立ち上がって差し出された剣を両手で受け取り、少し鞘から抜き出した。その刀身は燃えるような赤であり、赤い流体のようなものが動き、煌めている。
「これは……魔剣ファイアブランドね」
「あぁ、僕のおさがりにはなってしまうけれど……それでも、市場に出回っているものや軍刀よりは、遥かに頑丈で強力なはずさ」
「そうね……これはありがたく受け取っておくわ」
そう言いながら、エルは魔剣を机に立てかけて席に座る。そしてシンイチが上座に戻ると、同時にアガタが戻ってきて元の席に着いた。
「おかえり、アガタ。さて、魔王城での立ち振る舞いは、後で細かく詰めるとして、ひとまず今後のスケジュールだね……アレイスター、お願いしていいかな?」
「了解です。まず、魔王城への進行は、二週間後を予定しています。これには二つ理由があり、一つはレヴァルの防衛を再度固めること、もう一つは大陸から聖職者達を招集する必要があるからです」
そこまで言って、アレイスターは胸ポケットからメモ帳を取り出して開いた。
「まず、レヴァルの城壁が所々損傷しており、また結界も解除されている状態です。結界だけでもと、昨晩から修復作業は始まっていますが、それでも周囲全長二十キロメートルを超える城壁の結界を張りなおすには数日はかかります。同時に昨日の襲撃で周辺魔族はある程度一掃できたこと、また魔獣に関しては現在我々が対応に当たれば良いので、ひとまずこれでやり過ごそうというのが目先の話です」
そこでいったん切って、男はページを一枚めくる。
「もう一点、昨日の襲撃では、敵に魔術師クラスがほとんどいませんでした。これはバルバロッサでも同様であったので、恐らく魔王城周辺に強力な魔族がまだ多く配置されていることが予想されます。そうなると、結界を扱える聖職者の数が足りません。
そのため、向こう一週間で可能な限りの人材をレムリア側で集めてもらい、こちらに派遣してもらう必要があります。本来なら城塞の修復に、人材を揃えるのに、最低でも二か月は欲しいところですが、時間をかけると冬が本格化してしまいます。冬になれば行軍が難しくなるので、そのための強行軍的なスケジュールにはなりますね」
そこまで言い終わって、アレイスターはメモ帳を閉じ、胸ポケットに戻し、シンイチの方を見た。
「……と、こんな感じのスケジュールだけれど、問題はなさそうかな?」
シンイチが俺の方を見て聞いているのは、一応俺を代表と判断しているからだろう。正直、自分よりも少女たちのスケジュールの方が重要だとも思うのだが、まぁひとまず同意しても問題ないだろうと判断し、頷き返すことにした。
「うん、ありがとう、アランさん。さて、他に問題がなさそうなら、この場は解散だね……何か質問がある人は?」
シンイチが辺りを見回すのと同時にこちらも目くばせをするが、挙手する者はいないようだった。
「無いようなので、ひとまずこれで。一応、寝泊まりは皆ここでやることになるから、何かあったら僕にでも、他の人にでも相談してくれ。こちらからも何かあったら話しかけると思う……それじゃあ」
シンイチは立ち上がり、次いでアレイスターとテレサも後を追う。先にアレイスターとテレサが扉から出て、シンイチは振り向き、見送っているこちらに対して笑顔を返した。そして、残ったアガタが小さく咳払いをして注目を集める。
「……クラウ、出来れば結界の修復、手伝ってほしいのだけれど」
「ふぅ……その件には畏まらなくてもいいですよ。レヴァル全体の問題ですからね」
「えぇ、そうですわね……それじゃあ、午後一時より正門前にお願いします」
それを告げて、アガタも会議室から出て行った。ちょうど、いつものメンバーが会議室に残ることになった。これは色々話するのにちょうど良い機会だろう、そう思っていると、エルが立ち上がってあくびをしている。
「エル、ちょっと待ってくれ、寝なおすのはもう少し待ってくれないか?」
「……アナタ、私を何だと思っているのよ。流石にこの時間からは寝なおさないわ」
「どうだか……でっかいあくびだったぞ?」
「くっ……それで、私に何か用?」
「あぁ、ただエルだけじゃなくて、ソフィアも……クラウには話しているが、一緒にいてくれるとありがたい」
話している、というフレーズで何を言う気なのか察したのだろう、左を見るとクラウは頷き返した。せっかくなので全員の顔がすぐ見えるところに行くか、先ほどシンイチが座っていた場所に移ることにする。改めて少女たちの方を見ると、ソフィアが首をかしげながらこちらを見ていた。
「アランさん、お話って何?」
「えぇっと、どこから話したもんか……」
俺は思いつくままに、自分がレヴァルに現れた理由を、三人の少女たちに向けて話し出した。




