幕間:ハインラインという血族 上
火口から星右京のJaUNTで戻った後、自分は意識の深層に沈み込んでいた。身体を支配しているリーゼロッテ・ハインラインに抗うこともできず、仲間に刃を向けた自己嫌悪に押しつぶされそうになっていたためだ。
普通に考えれば、火山の噴火に巻き込まれれば無事ではすまないはず。クラウ達も生き残ってくれていればいいのだが、もしも逃げ遅れてしまっていたら――そもそも自分が身体のコントロールを取り戻してさえいればあんなことにならなかったと思うと、どうしようもない罪悪感で消えたくなる心地がしてくる。
この一年間は、ずっとそんな罪悪感との戦いだった。いや、戦ってすらいない――ただ、自分のしでかしたことの罪の重さに耐えきれず、こうやって意識の底で膝を抱えているだけ。目の前には倒すべき敵が居るというのに、ただ茫然と、支配者が自在に動き回る所を見ていることしかできないのだ。
「……お仲間なら、どうやら窮地は脱したようよ」
聞こえてきた声に顔を上げると、そこには自分と似た姿の女性が両腕を組みながら立っていた。彼女と話す時には、こんな風なことが多い。周囲は真っ白な空間で、影の一つもない。自分はいつも膝を抱えて――意識の中で膝を抱えるというのもおかしな幹事はするが――座り込んでおり、リーゼロッテは上から自分を見下ろしてくる。
そう高い頻度でこそないが、彼女はこうやって意識の底にいる自分に話しかけに来る時がある。曰く暇つぶしなんだそうだが――自分としては何かを話す気力も沸かず、ただ彼女の独り言に付き合うことがいつもの流れになっている。
しかし、仲間たちが無事だったことは素直に喜ぶべきことだ。その事実に心の枷が少し軽くなり、思わず顔を上げてしまったのだが――自分が不甲斐ないという事実は揺るぎない。結局自分は何事も為さず、事の成り行きを見守っていただけなのだから。
「あら、ダンマリ……」
自分が再び膝に顔を埋めると、リーゼロッテは呆れ半分、諦め半分といった調子で声を投げかけてくる。そしてどうやら隣に座ったらしい気配を感じ、こちらのことなどお構いなしに彼女は話しかけ続けてくる。
「さっきは協力関係がどうのとか言ったけれど、あまり同僚とは話す気にならなくてね。だってそうでしょう? 偏屈のゴードンに、コンプレックスだらけのローザ、それに私から二度もタイガーマスクを奪った右京……仲良くする気になんかならないもの。
それこそキーツでもいればマシなんだけれど、今は器もないから会話もままならないし……それで、まだアナタの方がマシかと思って声を掛けたのだけれど……」
「もう、仲間を傷つけないで……」
相手の言葉を遮って嘆願してみると、隣からの声はぴたりと止んだ。少し首を回して隣を見てみると、自分と同じように膝を抱えて、一方で意地悪そうに微笑んでいるリーゼロッテと目が合った。
「アナタのお願いを聞くことで、私に何の得があるの?」
「それは……」
「そう、何にもない。それなら、私はアナタの言うことを聞く必要なんてないわよね? 自分の主張を貫き通すのなら、二つに一つ。相手に相応の見返りを与えるか、力づくでねじ伏せるかよ。
そして、アナタが私に見返りを与えられないというのなら……」
そう言いながら彼女は立ち上がってこちらと距離を取り、腰に指している二対の剣を抜き出した。ついで、自分の足元にも同じ剣が現れ――意識の世界なのだから、全く同じ剣が存在することもおかしくないということなのだろうが――彼女は翡翠の太刀の切っ先をこちらに向けてきた。
「剣を取りなさい、エリザベート。アナタが私に勝てば、私のことはアナタの好きにすればいいわ」
勝てるわけがない。経験的にも、技量的にも――実の所、彼女の記憶と経験は自分にも共有されているし、同じ身体、同じ剣を持って戦うのなら、実は条件はほとんど五分。強いて言えば直感の部分では勝ち目はないだろうが、それ以外に明確に不利はない。
だが、圧倒的に負けている面がある。それは彼女が先ほどクラウとの一戦で言ったように、精神的な部分だ。とくに彼女と対峙しているこの場所は意識の世界であり、精神のあり様が勝敗を分けるのは容易に想像もつく――確固たる自己を持っている彼女に対し、自己嫌悪の渦に落ち込んでいる自分が勝てる道理など、ありはしない。
しかし、今のままで良い訳もない。今更挽回する名誉がある訳でもないが、今のままではまたソフィアたちと刃を交えることになってしまうし――何より、先ほどクラウに掛けてもらった言葉を思い返す。
間違えても、何度でも立ち上がればいい。言うのは簡単でも、実行するのは難しいとは思う。しかし現に、クラウディア・アリギエーリは立ち上がって見せた。それも、武神と対等に戦うほどの力を得てだ。自分にあの子と同じだけの強さがある訳でもないが――ここで単純に諦めては、手を引いてくれると誓ってくれた彼女に申し訳も立たない。
そう決意を新たにし、足元にある剣を手に取って立ち上がり、彼女と全く同じように構えを取る。




