12-97:ノーチラス号発進 中
「もし間違えてしまったとしても、大切なのは前を向くこと、何度でも立ち上がることです。辛いときに自分の殻に閉じこもりたくなるのは私だってそうですが……俯いてたって、状況は変わりませんから。
一人で歩くのが辛くても、きっと手を差し伸べてくれる人はいます。私にはアガタさんがいてくれたように……もしアナタに誰も手を差し伸べないというのなら、まず私が引っ張り上げて見せます。
だから、悄気てる暇なんかありませんよ! アラン君を復活させるのに、エルさんの力も必要なんです! いつまでもそんなハイレグ痴女の言いなりになってないで、さっさと気力を取り戻して追い出してください!!」
強めた語尾に合わせて思いっきり相手に向かって人差し指を向ける。以前の自分なら、武神ハインラインに向かって指を立てるだなんて恐れ多いと委縮したかもしれないが――言ってしまえばリーゼロッテ・ハインラインだって一人の人間に違いないし、何より今のは胸の奥にいるエリザベート・フォン・ハインラインに向けたものなのだから問題ない。
指さされた武神ハインラインは、一瞬うんざりした表情で「口を開けば綺麗ごとばかり」と悪態をつくが、すぐに目元を細めて口元に笑みを浮かべた。
「でも、確かにアナタの言う通り。悄気て俯いているよりは、アナタみたいに馬鹿みたいに上を向いているほうがマシってものよね。それに、アラン・スミスのことについて色々と聞きたいことはあるんだけど……残念ながら時間切れよ」
ハインラインは背後へと跳び、まさに亀裂に到達したローザ・オールディスの横に並んだ。
「逃げるんですか!?」
「逃げるのではなく、目的を達したから撤収するだけ。お得意の未来視でも分かっていなかったのかしら?」
彼女の言う目的とはローザを逃がすことなのだろうが、それだけならもう少しシンプルなやり方があったはずだ。彼女が自分とやり合っていたのには何か理由がある――そう思っていると、僅かな地鳴りが始まり、そしてそれは徐々に強まっているようだった。
魔王城が隣接するこの山は、確か休火山だったはず。しかし休火山が突然噴火することはあり得るはずだ。とくに――。
「アナタ達、暴れ過ぎたわね。この場で行われた激戦の余波は、この下を通る地脈に衝撃を与えていた……最後の決定打になったのはこれだけれど」
そう言いながら、ハインラインは短剣の宝石を朝日に煌めかせて見せた。要するに、彼女の目的は概ね最初の一撃で達せられていたのだ。この場で行われた激戦で――それこそ、以前に魔王ブラッドベリを倒したとき以上の力の奔流があったはず――地下のマグマに強力なエネルギーが伝わっており、最終的に噴火してしまうかどうかの絶妙なバランスを、ハインラインは重力波によって打ち砕いたのだ。
「アナタがあちら側で会ったというアラン・スミスにも興味はあるけれども、私は私で彼を復活させようとしている……まぁ、アナタだけは生き残れるかもしれないけれど、そうしたら続きを利かせて頂戴」
武神は優雅に手を振った後、ローザの首根っこを掴んで亀裂の奥へと消えていった。同時に、地鳴りはどんどん大きくなってきてる――噴火がどれ程の規模になるかは分からないが、退避するにしても噴火に真っ向から立ち向かうとしても、仲間の回復が急務だ。
右手を掲げると辺りを光が包み、その光が重力波によって倒れていた仲間たちの傷を癒す。生きた細胞が無ければ回復魔法は効かないので、機械の身体のグロリアとイスラーフィール、ジブリールの三名、それに四肢が機械化しているT3のダメージは癒せないのだが、それ以外のメンバーの傷は癒えたようだ。
同時に、自分の体から一気に力が抜けてしまった。命に別状がある訳ではないのだが、単純に強敵との連戦による肉体的、精神的な疲労が蓄積され――本来なら絶命してもおかしくないほどの怪我を負わされていたのを無理くり復活したのも影響していそうだ――思わずその場にへたり込んでしまった。
「……クラウディア! 大丈夫ですか!?」
「あ、あはは……ちょっと気合入れすぎちゃいました」
すぐさま駆けつけてくれたアガタに対して笑顔を返す。とりあえず気合で動くくらいならまだしも、これ以上の神聖魔法の利用はできそうになかった。
「……逃してしまいましたか。しかし、次は必ず……」
声のしたほうを見ると、チェン・ジュンダーが火口の方へと視線をやっていた。落ち着いてはいるが、決意を新たにしているのが僅かに除いた瞳からは読み取れる。
しかし、今にも火山が爆発してしまいそうな状況で、悠長にしている暇はないだろう。どう動くべきなのか確認を取るためだろう、ソフィアが左腕で機械の鳥を抱えながらチェンの方へと近づいて行った。
「チェン、どうしますか? 一応、シルヴァリオン・ゼロでマグマに対抗することも出来なくはないですが……」
「あまり得策ではないでしょうね。噴火の規模によっては防ぎきれないでしょうし……結界を張って耐える選択肢もありますが、マグマの下に埋もれたら酸素が無くなってしまいます。出来れば、私たちも退避したいところですが……どうやら間に合ったようですね」
男はそう言いながら火口から振り返り、朝日が昇る方角を見た。自分も首を回してそちらを見ると、空飛ぶ船がこちらへと接近してきているのが確認でき――その船は途中で減速しつつ旋回し、火口付近の中空でこちらへ側面を向けて静かに制止した。
そして外壁の一部分が開くのに合わせ、「チェンさん!」と呼ぶ声が朝焼けの中に響き渡る。




