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12-95:武神襲来 下

 単純な力やスピードなどのスペックだけで言えば、ハインラインと先ほどのローザ・オールディスはそう変わらないか、ややもすればローザの方が上と思われるのだが、武神は戦闘に関する経験とその身に宿している闘争本能が違う。借り物の力でなく、自ら考え、編みだし、研鑽した力を振るっている――その技によってこちらの反撃はいなされ、ややもすれば一瞬の隙で向こうの致命傷が飛んでくる。


 手加減できる相手でないことは明らかであるのだが――それでもハインラインが宿っているのはエルの肉体であり、自分としても彼女のことも救い出したい。もちろん、彼だってそれを望んでいるだろう。


 自分があちら側を見て得た力は、望みを叶えるための力だ。しかしそれは、己が欲のために相手を打倒するための力ではなく、大切なものを護るための力――自分は今でもエルのことを大切な仲間だと思っているし、彼女のことも決して諦めたくはない。


 そうなれば、狙うべきは即死しうる急所は避けた相手のノックダウン。乱暴なやり方にはなるが、致命傷さえ負わせなければ回復魔法での治療は可能――エルが意識を取り戻したら全力で謝るとして、ひとまず命を奪わないラインでの全力で相手を打倒を目指す。


 やるべきことを決め、今度はこちらから打って出ることにする。こちらの徒手空拳に対し向こうは獲物のリーチはあるが、自分は相手の攻撃の軌跡を読み切ることができる。その上で、スピードならばむしろ勝っていると言っていいだろう。拳に気と結界とを宿して剣戟を捌き、相手の懐に潜り込もうと連撃を叩き込む。


 しかし、こちらの意図を察知しているのか、ハインラインは適切に間合いを離した二対の剣の牽制によりこちらの踏み込みを綺麗にいなしてくる。まるで、自分と同じように相手の意志を読んでいるかのようだが、彼女の動きの鋭さは経験から来る勘と観察がなせる推測から来るのだろう。ハインラインは、自分とローザ・オールディスの戦闘を観察しており、それで――それだけでとも言えるが――こちらの行動パターンを理解してしまったのだ。


 逆巻く渦の中で、結界の桜色と神剣の翡翠とがせめぎ合い、光の粒子を散らし――なんとか一瞬の隙をついて踏み込んだ一撃を叩き込むが、武神は綺麗に二対の剣を交差して防ぎ、むしろこちらの結界の斥力を利用されて背後へと逃げられてしまった。


「ふふ、やるわね……」


 ヘカトグラムを防御にまわした影響か、重力波の解除には成功した。相手から視線を逸らさぬようにしつつ周囲を確認すると、ひとまず仲間はまだ無事のようであり――ローザも火口までの道のりをおよそ半分程度まで進めていた。


 肝心のハインラインは銀の双眸でこちらを見つめながら口角を上げている。アレだけ激しい打ち合いをしたというのに、息一つ切らしていない――彼女は最低限の動きでこちらを牽制し、十二分な余力を残しているのだ。


「でも、アナタはちょっと素直で優し過ぎる。この器を慮って遠慮しているし、攻撃が真っすぐで誰かさんみたいに捻くれていない。彼の代わりにはならない、か」


 そう言うハインラインの攻撃的な笑みは、徐々に自嘲的で悲し気な笑みへと変わっていく。対する自分としては、少々カチンときたというのが正直なところだ。何となく予測はしていたが、彼女は自分の中に原初の虎と同じものを見出し、代替にしようとしていたというのだから。


 とにもかくにも、これ以上の重力波の発生を許すわけにはいかない。味方に対するこれ以上のダメージの蓄積を許容はできないし、ローザ・オールディスをみすみすと見逃すこともできない――そういった実戦上の理由の上に、更にむかっ腹が立った怒りを足に乗せて、発生させた結界を踏み抜いて一気に武神に対して間合いを詰める。


 ともかく重要なのは、宝剣を重力発生に使う余裕を与えないことだ。少々乱雑に、しかし隙間なく連撃を繰り出すことで、二対の剣を防御に回させることに成功はしているが――同時にやはり上手く捌かれてしまう。


「ちまちまやってないで、正々堂々と勝負したらどうです!?」

「いいえ、遠慮させてもらうわ。確かに、アナタは強い……どちらの剣も無効化されているし、速さも強さも本物。真正面から戦っても勝ち目はないもの。でも……時間を稼ぐくらいなら十分できる。それに……」


 相手の反撃を予測し、腕に結界を張って突きをいなす。しかし、今のは少し危なかった――予測は出来ていたのだが、身体の反応が少し遅れてしまったのだ。こちらの微小な遅れを見て、ハインラインは再び獲物を狙う攻撃的な笑みを浮かべる。


「アナタ、息切れしてるわよ! 確かに第八階層級の奇跡は脅威だけれど、無尽蔵ってわけじゃないようね!?」


 武神の推測はまごうことなき事実だ。単純に高次の補助や結界が精神力を使う上、ローザ・オールディスとの連戦であり――この化け物じみた戦闘センスを相手にしなければならないのだ。長期戦となれば向こうが有利になるし、こちらは疲労も蓄積している。先ほどまでは大切なモノを取り戻そうと勇んでいたのだが、これ以上戦闘が続けば不利になるどころか、こちらが致命傷をもらってしまいかねない。


 つまり、形勢が逆転してきている。先ほどはあちらが回復魔法を打たせないようにこちらへ牽制を仕掛けてきていたのに対し、今度はこちらがヘカトグラムを使わせないように手を出す形になってきている。同時に、相手はまだまだ体力的に余裕があるのに対し、こちらは肉体も精神もかなり疲弊してきている。しかし、自分が折れるわけにはいかない――相手の鋭い反撃をギリギリでいなしながら、重力波を発生させないように手を出し続けるしかない。

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