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12-93:第八階層級の奇跡について 下

 ともかく、傍から見ればクラウが持ち帰った未来予知に近い直感と第八階層級の奇跡が強力に映ったかもしれないが、それを扱うだけの地力を整えてくれたのは間違いなくティアである。また、ティアがクラウの戻るべき場所を護り続けてくれなかったら、クラウディア・アリギエーリの魂がこの場に蘇ることは無かったのだ。それならば、ティアがこの一年の間に舐めてきた辛酸にも大いに価値があったことは間違いない。


 思考の整理も終わり、自分に吹き飛ばされて落ちてきたローザの方へと振り返ると、彼女の姿はまた酷い有様になっていた。その一番の理由は、身体が元の大きさにしぼんでしまったことが原因だろう――当然引き延ばされていた皮がたるんでおり、長い髪と合わさった敷物の上で、手足が奇妙に折れ曲がった肉塊が蠢いているは醜悪の一言だった。


「いだい、ぐるじい……くそ、ぐそぉ! あぁあああああああああ!!」


 先ほどとは打って変わって、今度は妙に甲高い声でそう叫びながらも、ローザだったものはのたうち回り続けている。驚異的な生命力を有しているせいで、息絶えることもできないのか――確かに傷は塞がり出血は収まっているようだが、身体を巨大化させた反動のせいで綺麗に修復することは出来ないようであり、ただ四肢らしきものをじたばたとして這いつくばることしかできないようだった。


「何をしておるブラッドベリ! 早くこちらへ援護を……!」


 自分の力で立ち上がれないのをフォローしてもらおうと思ったのだろう、しかし遠方でブラッドベリは静かに動きを止めている――恐らく、ナナコとT3が無力化に成功したのだろう。その様子をローザも見ていたのか、今度は首をめいっぱい逸らして、雲一つなくなった赤焼けの空を見上げた。


「ルシフェル、こやつを止め……」

「……天使長ルシフェルの殲滅は既に完了しました」


 熾天使の代わりに天から舞い降りてきたのは、氷炎の羽を生やした金髪の乙女だった。ティアの記憶があると言えど、改めて見ても成長したソフィア・オーウェルは美しく――そして彼女がもたらした一報は、ローザの心に冷たい絶望を落としたに違いない。


「じ、ジブリール! 妾を助け……」

「……いいえ、もうジブリールが貴女の命令を聞くことはありません」


 声のしたほうを見ると、イスラーフィールが瞼を閉じているジブリールを抱えていた。同じく、ジブリールの首筋にチェン・ジュンダーが手を当てており――恐らく、彼がジブリールを止めてくれたのだろう。


 そしてチェン・ジュンダーはジブリールをイスラーフィールに任せて立ち上がり、幅広の袖に両手を仕舞いながらゆっくりとこちらへと歩いてきた。


「女神ルーナ……いいえ、ローザ・オールディス。年貢の納め時ですね」


 チェンの顔にはいつものようなひょうきんさが一切ない。細い目から僅かにのぞく双眸は、冷たく肉塊を見下ろしており――その声も凍てつくかと思うほど冷たかった。


「仮にその素体を倒したとて、本体は残っているでしょうが……次に貴女が目覚めることは無いでしょう。何故なら、そう遠くない未来に、貴女の本体ごと消し去って差し上げるからです」

「ぐ、うぅぅうう!!」


 チェンとローザがやり取りをしている間に、ナナコたちもこちらへと合流してきた。イスラーフィールとジブリールを除く全員でルーナを囲う形になり――なんだか寄ってたかってという感じもするが、向こうだって卑劣な罠を用意して戦いに臨んだ挙句、こちらが犠牲者を出さずに勝利したというだけの話でもある。


「……そんな姿でいつまでもいるのも本意ではないでしょう……今、トドメを指して差し上げます」


 そう言いながら、一歩前に進み出たのはチェン・ジュンダーだった。ローザを囲む者たちは一様に彼女に対して思うところがあるはずだが、やはりトドメは彼こそが相応しいのかもしれない。特にホークウィンドを侮辱された借りに関しては先ほど自分は晴らしたのであり――万年という重すぎる因果を清算を背負っているチェンを止める者は誰もいなかった。


 しかし、チェンが袖から拳を引き抜いて気を練り始めた瞬間、自分はほとんど無意識に真上を向いていた。視線の先から強烈な気配を感じる――その気配は自分が良く知っているものであり、同時に見知ったそれよりも遥かに強烈な気配だった。

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