12-90:朽ちゆく世界で咲いた花 中
「く、ククク……妾としたことが、つい熱くなってしもうた。しかしどれ程貴様に力があろうと、アンドロイドにこれは超えられまい! 七星結界を乗せた拳をくらえ!!」
『……無駄でしょうね。何故なら、今の彼女なら……』
レムの予測の通り、ルーナの反撃は徒労に終わった。ルーナの突き出した手の先で回る七枚の結界に対し、クラウも同じように拳から結界を出して対抗している。第六世代型に託された最高位の六枚では、神の紡ぎ出す七枚には敵わないはずなのだが――両者の間で展開されている結界は、拮抗しているように見える。
「何故じゃ!? 何故、アンドロイド風情が、七枚の結界を……!?」
「……七枚。七枚が偉いっていうんですか?」
結界がぶつかり合い、けたたましい音が鳴り響く中で、クラウの低い声が明瞭に聞こえ――その気迫に対し、ルーナが固唾を飲んだに違いない。その証拠に、その顔からは攻撃的な笑みは消え、顔色を青くしているのだから。
「それなら、私はアナタを超える結界を紡ぎます! 我が手に集いし聖なる力……咲き誇れ、八重桜!」
クラウが手を突き出すと、彼女の正面に桜色の多重結界が現れた。花弁のように複雑なその結界は、確かにアルジャーノンの第八階層魔術を防いだものと同じ――クラウディア・アリギエーリの魂が紡ぎ出す美しい結界だった。
単純に数の勝負へと出たルーナが、より多重の結界を紡ぎ出したクラウに勝てないことは道理だろう。本当は、数も重要な要素ではないはずだ。工夫をしたり、躱して好機を探すなど、いくらでも対処の仕方はあるはずなのである。ただ、人類の持つ最高級の成果物の上に胡坐を掻き続けたルーナにそんな可能性を切り拓くなどという機転もある訳でもなく、ルーナはクラウの紡ぎ出した結界に押し出され、吹き飛ばされ――また岩壁に衝突して、しばらく唖然とした表情でクラウの方を見つめていた。
対するクラウは、ただ真剣な面持ちでかつて信奉していた女神の墜落した様を見つめている。その眼差しに耐えられなくなったのか、ルーナは再び獣の様な咆哮をあげながらクラウに襲い掛かっていった。
二人の激突に対して、もはや自分が入り込める余地はない。ルーナだって本当は恐ろしい程の力を扱っているのであり、自分は全く歯が立たなかった。しかし同時に、今のクラウは負けるイメージが沸かないほどにルーナを圧倒している――それなら、彼女を信じて自分は末だけだ。
『しかし、どうしてあの子は第八階層魔術相当の奇跡を起こしているんでしょう?』
『あくまでも仮説の域を出ませんが、ジャンヌが神聖魔法を使えたのと原理は近いのでしょう。つまり今の彼女のクラウディア・アリギエーリに奇跡を授けているのは、私達のような偽りの神ではなく……高次元存在が直に彼女に加護を与えているんです』
成程、クラウもジャンヌと同様に黄金症に罹ったという点は共通している。黄金症から戻った者は一度高次元存在の元に還った魂だ。細かいセオリーまでは分からずとも、なんとなく直感的にはレムの考察は正しいように思われる。
しかし、ジャンヌが現世に戻ってから扱えていたのは元々扱えていたのと同程度の――彼女の場合は司祭級までの神聖魔法――であり、クラウのように第八階層相当まで扱えていた訳ではなかった。そうなると恐らく、高次元存在の元から現世に戻った魂のすべてにクラウが扱っているような奇跡が起こせるわけではないのだろう。
その差は何なのだろうか。それはきっと、望み叶えること――花弁のように舞い散る結界の中で踊る友を見ていて、ふとそんな言葉が脳裏をよぎった。
彼女が今起こしている奇跡は、何も一朝一夕のモノではない。少女の繰り出す鋭い動きは、ホークウィンドの教えの元、苦しみもがきながらもティアが会得したものだ。実直に技を磨き続け、強くなりたいと願い続けたその実直な願いが、クラウが戻ってきたことで結実したとも言えるのかもしれない。
思い返せば兆候はあった。ティアには近頃、アラン・スミスに近いほどの直感が備わっていた――それは半身であるクラウを通じて、ティアは高次元存在から未来視を授かっていたのかもしれない。それでも彼女が自身を信じることが出来なかったので、その力は限定的にしか扱えていなかったのだろう。
そう、やはり今の彼女は、クラウでありティアであり、同時にそのどちらでもない――分かたれた魂がそれぞれ互いを信じ、願った結果として統合された、本来のクラウディア・アリギエーリとして生まれ変わった。クラウが持ち帰った奇跡の力とティアが実直に磨き続けた技とが合わさって、偽りの女神を圧倒しているのだ。
「……負けるわけがない! 劣っているわけがない!! こんなの何かが間違えている!!」
クラウディアに押されっぱなしのルーナは、焦りに満ちた声でそう叫びだした。一万年の技術の粋を集めて作られたその身が劣っているということが認められないのだろう。
「最高の戦闘プログラム! 最高の素体! 最高の神聖魔法! それらが掛け合わさっているというのに、この妾が……」
「……はぁ!」
全てを無にする無慈悲な鉄拳が放たれ、三度ルーナは吹き飛ばされた。岩壁を破壊するほどの衝撃をその身に受けているというのに、まだ動けるというのは流石一万年の技術の粋というべき頑丈さなのだが――このままでは勝てないと悟ったのか、流石に今度は乱暴に飛び出すことはしないで、粉砕された岩から身を起こして不気味に笑い出したのだった。
「く、くくく……確かに妙な力を得たようだが、分かったこともある!! 貴様、もう一つの人格が消え去ったようじゃな!? それなら、貴様の精神をコントロールすれば良いだけじゃ! シリアルナンバー5C2BE11C、個体名クラウディア・アリギエーリ……女神ルーナにしたが……」
「無駄です!」
ルーナが命令を下す前に、クラウディアは再び相手に接近して喧嘩キックを放った。一応最高級の防御プログラムとやらが発動したおかげで、ルーナ側もギリギリ結界を発動させられたようではあるが――四度も吹き飛ばされたとなれば、流石に敵であると言えども同情を禁じざるを得なかった。
「ぬぐぅぅぅ!? 貴様、何故!? 確かに生体チップは顕在で、思考も読み取ることは出来るのに!」
「思考が読めるのなら、私の心を読んでみてください……そして理解してください。私の怒りを、悲しみを……」
「何故じゃ、妾への信仰は、確かに……」
クラウディアの中にまだルーナへの信仰があるとはにわかに信じがたい。ティアはクラウを奪った相手として唾棄していたし、そうでなくとも彼女の悪行を知る今であれば、信仰の対象とすることには違和感がある。
そもそも、本当に信仰しているのなら、先ほどから容赦なく戦っていること自体がおかしいのではないか。しかしふと気が付いた。先ほどからクラウディアは、相手のことをルーナと呼んでいないのだ。それが示すところは、つまり――。




