3-3:作戦会議 上
「アランさんを起こしてきたよ……他は皆、揃っているようだね」
シンイチに連れられて着いたのは、駐屯地の作戦会議室だった。長机には、既に六人が座っている。向かって右手には奥からソフィア、エル、一つ飛んでクラウの順で座っており、対面はディック、テレサ、アガタと座っている。
時刻は午前の十時、どうやらまだ彼女にとっては早い時間だったのだろう、エルは瞼を重そうにしている。他に気になる点といえば、やはりクラウか。今は入ってきた自分たちの方を見ているが、斜め対面に座っているアガタとは目を合わせようともしない。それならば、自分が間に入れば少しは緩衝材になるかと思い、一つ飛んでいる席を選んで座ることにした。
「……さて、それじゃあ作戦会議を始めようと思う。僭越ながら、この場は仕切らせてもらうよ」
そう言いながら、シンイチは一番上座のテーブル中央に座した。しかし、よくよく見ればまだ十代に見えるのだが、なんだかそれ以上に落ち着いては見える。元来の性格が為せるものなのか、それとも修羅場をくぐってきたせいで妙に落ち着いてしまったのか――どちらかと言えば前者なように思われる。
シンイチに斜め前を取られたソフィアの顔を覗き見る。シンイチに対して、思うところがあるのではないかと懸念していたが、今日は問題ないようで、いつもの柔らかい笑顔を浮かべていた。
「まず、第一に、魔王城を攻略するのに、アランさんたちのお力を借りたい……んだけど」
シンイチはそこで切って、こちら側、ソフィア、エル、クラウ、そして俺の顔を順々に見て回った。遠慮がちな視線だった理由は、恐らくこうだ――こちらとしては勇者やその仲間に対して、脛に傷があるというか、傷つけられた経歴があるので、単純に協力を得られないとシンイチは予測したのだろう。ソフィアは元々追放されているし、クラウはアガタと組むのを是としないだろう。エルも宝剣を持ち出していた憂き目がある。
とはいえ、三人とも協力しない、という雰囲気ではない。そもそも、ソフィアは暗黒大陸の指令として決戦には参加する予定だったのだろうし、他の二人もその気だったのかもしれない。
「……アランが主語になっているのが気に食わないわね」
隣で腕を組みながら、エルがそうぼやいた。目も閉じているので、なんだかそのまま寝てしまいそうである。その言葉に対しては、シンイチは鼻の頭を掻いて応える。
「まぁ、そこはなんというかな……一番特殊な立ち位置の人、だからかな」
「いやいや、別に善良な、ただの記憶喪失の小市民だぜ、俺は」
記憶もないのに市民を名乗っていいものかと言った後に少し悩んだが、まぁ凡百な身の上という意味合いで伝える分には差支えないだろう。こちらの返しが面白かったのか、目の前のアガタが「草ですわ」と言って笑った後、咳ばらいをしてスン、とした表情になった。草とかいう表現、この世界にも存在するのか。
「……アガタさん、時折変なワード使うんですよ。アレは確か、お笑いですわねって意味です」
そう、ぼそっと隣からクラウが耳打ちしてきた。あまり一般的なワードではなかったらしい。それでは、彼女はどこでその表現を覚えたのか――まぁ、考えても仕方ない。ひとまず、シンイチに対して疑問をぶつけることにする。
「別に着いて行くのは構わないんだがな。こんな風に言ったら舐めた発言かもしれないが、魔将軍はすでに全部倒されているわけだろう? それなら、あとはいつも通り、勇者が魔王を倒すだけでいいんじゃないか?」
「うん、そこなんだが……今回は、まだ魔将軍並みか、下手すればそれ以上に厄介な奴が残っていると判断している。昨日のタルタロス討伐の際のことを聞いたんだが、旧神を自称する人形とかいうワードがあったとか……」
そう言えば、確か地下迷宮にもう一人居たのは、まだ影も形も見ていない。それがシンイチのいう厄介な奴か。
「……ソフィアが推理したように、今回の魔王軍の動きは妙にきな臭い。そしてそれを手引きしている者がいるとすれば……結構手ごわいと思っている。
それで、僕らは魔王と戦うので手一杯になる可能性を考えれば、魔将軍と戦える程の実力のあるパーティーに力を貸して欲しいんだ」
「ふむ……」
この世界に来てから何回か、自分なんぞ、と思ったこともある。実際にジャンヌやタルタロス相手には、自分は何にもできなかった。それを考えれば、自分が着いて行って役に立つかは甚だ疑問なのだが――ここで変に自虐したり、皆の士気を損ねることもないだろう。
とはいえ、他の三人のやる気は気になる。別段、イヤという雰囲気でないことは先ほど確認したが、一応意見は聞いておきたい。
「……俺なんかで良ければ、力を貸すぜ。ただ、他の三人がOKなら、だ。何せ俺一人じゃ、なーんもできないしな」
言ってて若干悲しくなってきたが、事実なので仕方ない。そしてまず、ソフィアがこちらを見ながら頷き返す。
「うん、私は決戦には支援に着いて行くのは決まっていたし……それに改めて、皆の役に立てるなら嬉しいな」
次に、エルが目を閉じたまま呟く。
「……異論はないわ。自分勝手してきたけれど、この剣は本来、魔王と戦うためのモノ……その本懐を果たすだけね」
「お義姉さま……!」
エルの前で、テレサが両手を合わせて喜んでいる。昨日も思ったが、二人の関係は良好、というかテレサがお人よしなのだろう、ここに関するチームワークは良さそうである。
さて、自分の左隣にぽつんと座る彼女が、一番この件に関しては腰が重いのではなかろうか。勇者パーティーの最終選抜まで残っていたのであるし、それを落とした相手が近くにいて、そもそも自分で魔王と戦おうだとかはあまり思っていなかったはずである。案の定、クラウのほうを見ると、彼女は神妙な表情をして俯いていた。
「……私が居るのが気に障るのなら、ハッキリとそう言えば良いのではなくて?」
俯くクラウに声を掛けたのは、対面で腕を組んでいるアガタだった。その声に、クラウの肩はぴく、と揺れる。
「ふぅ……そうやって黙っていても、何にも変わりませんわ。ただ、これだけは言わせてもらいます……貴女には、人類の窮地に立ち向かうだけの力がある。それなのに、自分勝手に生きるのも、違うのではありませんか?」
「……アナタがそれを言うの!?」
言いながら、クラウは机を叩いて立ち上がる。クラウの言い分はもっともだろう、アガタが悪魔憑きなど言わなければ、今頃クラウは向こう側に座っていたかもしれないのだ。そうでないとしても、順当にアガタとの競争に負けただけなのなら、恐らくもう少し順当に協力していたに違いない。
しかし不思議と、俺の方では怒りは沸かなかった。恐らく、アガタの言い分に違和感を覚えたせいだろう――普通なら、表面上だけでも謝るか、何となく周りの同調圧力でクラウが頷くのを待てば良いだけだ。それなのに敢えてきつい言い方をしたのは、アガタの性格なのか、はたまた何か意図があったのか。恐らく後者で、クラウは立ち上がったまま、意を決したように口を開いた。
「……えぇ、えぇ、やってやりますよ! でも、アナタのためではありません、勇者様のためでもありません。ソフィアちゃんとエルさん、あとオマケにアラン君もやるっていうからです!」
「おい、俺はオマケか?」
こちらの突っ込みに、クラウは舌をべっ、と出して威嚇してくる。そしてすぐにアガタのほうへと向き直った。
「私は、私の仲間のために頑張るんです!」
「……それで良いのではなくて?」
アガタは目を閉じたまま静かにそう返すと、ゆっくりと席を立った。
「申し訳ございません、少し気分が優れなくて……ちょっと外の風を浴びてきますわ」
「あ、アガタさん? その、お大事に……?」
隣に座っていたテレサは、あたふたしながら仲間の背中を見送っていた。彼女だけ状況が飲み込めていないようで、その間の抜けた感じがこの張り詰めた雰囲気の中でちょっとした癒しになっていた。




