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12-88:The Blooming and the Tiger 下

「ティア……」

「……クラウ?」

「ごめんなさい。結局アナタに辛いことを押し付ける形になってしまって……」

「……良いんだ。ボクの願いは君の願い、ボクの存在意義は君があってこそ……だから、どんなことでも、耐えられる……そう、思ってたんだけれど……」

「そんな風に言わないで……辛かったよね、苦しかったよね……たくさん悔しい思いもしてきたよね。

 これからは、きちんと一緒に背負っていくから……今の私じゃ頼りないかもしれないけれど、アナタの祈りが私の祈りになるように。ティアと一緒なら、きっと乗り越えられるから」

「……そうか、それは素敵だね」


 横たわる彼女の上半身を起こし、そっと自らの方へと引き寄せて抱きしめる。ティアは身体を動かすことが出来ず、ただ為されるがままになっている。だが、声は穏かであり――どうやら自分の提案を快く受け入れてくれているようだった。


「不思議な感覚だ、ボクにははずの無い記憶がなだれ込んでくるような……」


 どうやら、ティアの方にも自分と同じことが起こっているらしい。この一年間、互いにやり取りが出来なかった期間の記憶が――こちらから提示できるのはほとんど真っ暗闇を彷徨っているということだけなのだが――共有されているのだ。


 記憶の共有が済んだと同時に、ティアは身体から光を発し始めた。ティアから見れば、自分も同じように輝いて見えているのだろうが――ともかく、これから起こるであろうことを自分の方は予見していた。


 今までの自分はティアに様々な望みを託して生きてきた。自分の中にいるのに、明確に区別された超人として――自分の願いを叶えるための手段として利用していたのだ。だが、彼女だって一つの人格であり、本来は彼女だって迷える魂の一つであり――それなのに、彼女にはクラウの望みをかなえるという重責を一方的に課されていた訳だ。


 望むことと叶えることは本来両輪であり、どちらか片方しか存在しないということはあり得ない。自分たちは二つの人格でそれを成してきたのだが、一歩引いた眼で見れば一つの器で実現していただけであり――要するに精神的な役割分担をしていただけで、積み上げてきたものはクラウディア・アリギエーリという一つに帰結する。


 そしてその役割分担が無くなるのであれば――クラウの望みをティアが叶えると同時に、ティアの望みをクラウが叶えというのであるならば、それは明確に惹かれていた魂の境界線が破壊されるということに他ならない。


「これは……そうか、そういうことだったのか」

「……大丈夫? 怖くない?」

「怖いことなんかあるものか……君と一緒なんだからね」

「うん。アナタの気持ちも、私の気持ちも……両方とも本物で、無かったことになんかならないから……」


 すでに彼我の差が曖昧になりつつある中で、互いが分かたれていたことを証明する最後のやり取りを終え――強烈な閃光が走った後は、自分の腕から魂の同居人は消え去っていた。


 だが、何も悲観することなどない。ただ単に、あるべき姿に戻っただけなのだから。信じる神に裏切られたことも、ホークウィンドの教えも、共に大切な友だちを持っていることも――同じ人を愛しているということも。全部全部、クラウディア・アリギエーリを構成する大切な要素であり、互いに目指していた先は一緒なのだから。


「さぁ、行きましょう……私を呼ぶ声に応えて……大切なものを全て取り戻すために!」


 ◆


 掴まれたティアを解放するためにルーナにひたすら攻撃をくわえるが、巨大化した肉体には全く届かなかった。拳には結界を乗せているというのにだ――レム曰く、今のルーナは肉体の強靭さに上乗せし、常時高次の結界を身にまとっているような状況のようだ。


 だが、そんなことは些末な問題だ。ティアが捕まって苦しんでいる、自分が救い出さねば。手足が砕かれ、内臓を破裂させ、口から大量の血を吐き――これ以上やられては枢機卿クラスの回復魔法でも癒せないかもしれない。そんな焦りが拳に乗り、何度何度も全力で相手を叩くのだが――。


『アガタ、手から血が……』

『止めないでください! ティアを……クラウディアを助けなければ!』


 手の痛みなど気にならないし、拳が砕けたなら今度は足で、足すら砕けたのなら頭でも何でも抵抗し続けてやる――そんな自分の覚悟をあざ笑うかのようにルーナはただ捕まえたティアを楽しそうに見つめ、下卑た笑みを浮かべている。


 だが、そんな顔が一瞬にして怒りに変わった。鋭く風を斬る音と主に、ルーナの太い右腕に深々と円月輪が突き刺さる――そのおかげでやっとティアが解放され、ルーナは攻撃してきた相手の方へと向き直った。


「イスラーフィール、貴様!」


 ルーナは感情のままにイスラーフィールの方へと疾駆していった。彼女には対消滅バリアがあるので――以前のものよりも規格は劣るようだが――簡単には打ち破られはしないだろう。しかし、やはり、基本的な戦闘力はルーナの方が上のようだ。ビームチャクラムで抉られた腕は煙を上げて急速に回復し、イスラーフィールは乱雑なルーナの攻撃に防戦一方のようだった。


 ともかく、早くティアを治療しなければ。横たわる痛々しい身体に向かって回復魔法を唱える。


「ティア、しっかりして!」


 彼女の体を緑色の光が包み込み――骨を砕かれた手足が身体から分離していなかったのは不幸中の幸いである。身体の節々から噴出していた血は流れるのを止め、内臓も元に戻ったはずだ。


 自分にできることはした。あとは、彼女が戻ってくることを祈ることしか出来ないのだが――そんな時、ふっと視界が明るくなった。黄金色の剣線が雲を割るとともに、灰色に染まっていた世界に一筋の光が差し込んできたのだ。


『アレは……ナナコがあの剣で、月からの気象コントロールを打ち破ったというの?』


 脳内でレムが何かを呟いているが、ティアの容態が心配で、ほとんど耳に入らなかった。ただ、明るくなった視界が、より友の顔をより鮮明に映し出し――皮膚は土気色になっており、血色は良くない。乱暴に頭部を握られていたせいか、結晶化した部分を隠すために巻かれていた包帯はほどけかけており――呼吸は浅く、目は閉ざされたままだ。


『アガタ……私達が編み出した第七階層レベルの回復魔術では、失われた魂を取り戻すことはできない……もう、この子は……』

「そんなことありません! この子は必ず帰ってきます!」


 頭に響くレムの言葉に対して首を振り、眼を閉じる少女の方へと向き直る。


「クラウ、聞こえているのでしょう!? いい加減にしなさい! ティアに全てを押し付けて、いつまで寝ているつもりなのですか!?」


 思わず口走っていたのは、彼女の奥底に眠っているであろうもう一つの人格の名前だった。しかも、あろうことかクラウのことを罵ってしまっていた。


 もちろん、彼女が極地において魂を掛けてアルジャーノンの一撃を防いでくれたことは重々承知だし、彼女だって出て来られるものなら出てきたいだろうが――それでもティアがずっと呼びかけ続けているのに戻ってこないクラウに対し、むかっ腹が立ってきたのも事実である。


「私も、ティアも……ずっと貴女に帰って来てほしかったのですよ? 貴女には凄い力があるはずでしょう……このアガタ・ペトラルカが認めるほどの凄い力が……お願い、眼を開けて……クラウディアぁ!」


 怒りは次第に悲しみに、そして懇願へと変わっていく。自分は結局、彼女を傷つけ、あまつさえ救われることしか出来なかった――そんな無力感が全身を覆い、心に絶望が降りてくる。


「……泣かないで、アガタさん」

「……えっ?」


 下から聞こえた声に、いつの間にか瞑ってしまっていた瞼を開き――頬を伝っていた涙は、伸ばされた温かい指に拭われていた。


「アナタがずっと呼んでくれていたから、私は迷わず戻ってくることが出来ました……だから、ありがとう」

「……クラウ? ティア?」


 視界が霞んで、果たして今自分の涙を拭ってくれたのがどちらなのか分からなかった。言葉遣いはクラウのようでもあるが、何となくティアのような雰囲気もあり、同時にそのどちらでもないようにも感じられる――ひとまず先ほどまで死の淵にいたはずの少女は力一杯に立ち上がり、血で汚れた顔を手の甲で拭って不敵に笑った。


「そうですねぇ、強いてを言えば……遅れてきたヒーローって所です!」


 長い緑の髪を風にはためかせ、少女は偽りの女神の方へと向き直った。そして、力強く大地を蹴って走り去り――そう、彼女の動きがあまりにも早すぎて自分の目で追うことは出来なかった。次に姿を表したときには、追い詰められていたイスラーフィールの目の前で、ルーナの攻撃を受け止めていた。


「なっ……!?」


 自分が思わず声を発したのは、先ほどまで全く歯が立たなかったはずのルーナの力を、あの子は右手でやすやすと止めていることに驚きを隠せなかったからだ。


「もう……私の目の前で悲劇は起こさせません!」


 ルーナの力が強いことを証明するように、その衝撃だけで少女の前髪が大きく揺れ、ほころびていた包帯がほどけ去る。そこには黄金症に罹っていた形跡が跡形もなく消え去っており――血色の良くなった顔には、力強い光の宿る紫の双眸が輝いていたのだった。

近況報告にイラストを1枚あげたので、良かったら見てみてください!

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