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12-87:The Blooming and the Tiger 中

 突然何者かに肩を掴まれ、驚きのあまりに顔を上げる。視界はまだ暗くはあるのだが、声はしっかりと聞こえた。それはなんだか聞き馴染みのある男性の声だった。それに――。


「クラウ……ディア」


 彼の口から紡がれたその音に奇妙な懐かしさを覚えて、思わずそのままおうむ返しをする。正面にいるはずの彼は、恐らく頷き――彼の背後に急に縦一閃の亀裂が現れ、そこから徐々に光が漏れだしてくる。


「あぁ、それが君の名前。クラウディア・アリギエーリ……俺の大切な仲間の名前だ」


 彼がそう言った直後、暗闇の亀裂が一気に広がり、世界に色が戻ってきた。夜の闇が振り払われ、暁に染まる空と、その光を受けて光る黄金色の海に――そして正面でこちらに向けて微笑む男の子の顔が一気に視界に入ってきた。


 自分は彼を知っている。私にとって凄く大切な人で――その顔を見た瞬間、先ほどまで鉛の様に重かった心が羽のように軽くなった。


「……アラン君?」


 思い浮かべた名前に対し、彼は満足そうに頷いた。自分の名前と彼の名前が明確になり、ぼんやりとだが彼とのことが思い出される。出会った当初は変な奴と思っていたこと、意外と頼りになる所が見えてきて、色々と一緒に馬鹿なことを話せて、趣味も合いそうで、それで、気が付けば――。


 そこまで思い出した瞬間、一気に記憶が鮮明になった。頭に稲妻が走るかのように記憶が流れ込んで来たせいでビックリしてしまい、思わずその場で立ち上がった。


 改めて見れば、ここは彼との思い出の場所だった。海都の高台にある公園――彼が迷子になった自分を見つけてくれた場所。そして一緒に立ち上がったアランの方を改めて見ると、その出で立ちは以前と変わってしまっている――左手と右足は何やら機械になっており、顔も所々剝げ落ちてしまった皮膚の下には金属的な質感の何かが見える。


「わ、私……アラン君、どうしてこんなところに!? それに、その身体は……!?」

「話すといろいろあるんだが……一言で言えば、俺も高次元存在に取り込まれたんだ」

「そんな……私、皆を護れなかったんでしょうか……」


 自分の持つ最期の記憶は、モノリスに呼ばれて魂を捧げ、ピークォド号に結界を張ったというものだ。恐らくアルジャーノンの魔術は防ぎ切れたとは思うのだが、如何せん結果まで見届けられたわけではない。そうなると、もしや自分の力が足りずに皆やられてしまったのかも――そう思って不安になっていると、アランがまた微笑みながら首を横に振った。


「いいや、あの時は君のおかげで助かったんだ。その後にな、ちょっと高次元存在に蹴りをかまして……」

「はぁ!? 主神になんてことしてるんです!? 馬鹿なんですか!? アラン君なんですか!?」

「いや、やんごとなき事情があって……いやいや、だから人のコードネームをさらっと暴言にするのは止めてくれないか? 気に入ってるんだからさ」

「ごめんなさい、私も混乱していて……」


 気持ちを落ち着けようと呼吸を整え――別段酸素が必要という訳でもないのだが、動作は心と連動しているから、多少は落ち着いた気にはなる――改めて顔を上げると、アランは辺りの景色を見ながら申し訳なさそうに後頭部をかいていた。


「ともかく、ここには君も居るって確信もあってな。ただ、ずっと暗がりの中で、しかもここには魂が無数に存在しているからな……すぐに見つけられなかったんだ」


 ここには魂が無数に存在している。それはどういうことなのか。いや、自分は高次元存在に魂を捧げたのだから、ここは死後の世界のようなものか。公園の端まで移動して坂の下を覗き見ると、確かに自分たち以外にも多くの魂がここには存在しているようである。自分たちと違うのは、彼らは夢遊病者のように虚ろな状態で徘徊しているという点だ。


 それを目視してから状況を一気に把握できた。正確には、自分が体験していない、本来なら存在しないはずの記憶が脳裏に浮かんできたのだ。


 この場は魂が還る場所ではあるが、多くの魂が星右京によって囚われていること。自分は星右京によって拘束されていた訳ではないので輪廻の話に取り込まれるはずだったのが、自分がそれを拒否していたこと。それに、彼が一年もの間自分を探してくれていたことなど――この場の状況は理解することができた。


 そのほとんどが抽象的なイメージから浮かび上がったものだが、中には言語化されており――たとえば星右京という名詞や一年間という具体的な期間など――恐らくこれらの記憶は、半分は高次元存在が自分に対してイメージを送ってくれており、残り半分はきっと――。


「……アラン君が悪い訳じゃありません。でも、どうして一年もの間、私を探してくれていたんです?」

「うん? 一年経っていたのか。いや、君はどうしてそんなことを……」

「主神の声が聞こえたり、その他いろいろあるんですが……それで、教えてくれませんか?」

「……ここで約束しただろう? 君が迷子になったら、何度でも探してやるってさ」


 アラン・スミスは自分が予想した通りの笑顔を浮かべて、自分が期待した通りの言葉を口にした。それが凄く嬉しくて――彼の顔をもう一度見れただけでも、輪廻の輪に還らずに抗い続けていた甲斐があったようにすら感じられてくる。


 自分が嬉しかったのは、彼が約束を覚えてくれていたこと以上に、私がここにいると確信して、諦めずに探し続けてくれたことだ。きっと彼のことだから、他意はないのだろうが――それでもきっと、私のことを大切と思ってくれているから探してくれていたのだろう。


「あ、あの、その……ありがとうございます」

「はは、気にすんなって……それで、主神の声が聞こえるっていうのは?」

「モノリスに呼ばれた時もそうだったんですが、頭にイメージが浮かんでくるというか……アラン君にはそういうのは無いんですか?」

「滅茶苦茶におぼろげながらに何となくこうなんじゃないか、くらいまでしか分からないな……それで、外の世界はどうなっているか分かるか?」


 アランに対して頷き返し、自分が把握している範囲で端的に外の状況をまとめ伝えた。話しているうちに、今自分が彼に話している記録には、やはり高次元存在からのメッセージ以外に誰かの記憶が混じっているという確信を得てきた。


 そしてそれが誰のものだかも推測はできているのだが――現世の状況が芳しくないという状況を聞くにつれて、アランは辛そうに眉をひそめていた。自分は彼と世界の最果てで再び出会えて嬉しいのに――自分と彼との温度差に、温かくなっていた心が冷めきってしまう心地になる。


「……どうして、そんな顔をしてるんですか?」

「元はと言えば、この世界に厄介ごとを持ち込んだのは、ある意味では俺の責任でもある」


 そんなことを言うのは止めて欲しい。私の悪い癖が出ているのも分かっているが、同時に彼の悪い癖も出てきている。別に彼が悪い訳じゃないのに、そうやって一人で全部しょい込んだ気になって――彼はいつも私のことを蚊帳の外に置く。


 もちろん、一度はルーナに心を砕かれるのと同時に彼の真実を知り、一度は彼に向かって拳を振るったことだってある。それに、彼が自分の信仰の対象になってくれれば良かったと考えたことだってある――彼は間違いなく格としては創造神達と並ぶ一柱なのであり、彼が自分の新しい祈りの先になってくれないかと――だがやはり、それはあまりしっくりこない。


 その原因は、自分は彼のことを神と見ることがどうしても出来ないからなのだろう。アラン・スミスは凄まじい技と過去とを持っているが、精神的には一人の男の子だ――くだらないことを言って笑い、カッコいい機械を見て興奮して、しかも年相応にスケベでもある。


 もちろん、年相応以上にくたびれてしまっている部分もある。ただ、それはきっと旧世界での戦いの中で精神的に疲弊していっただけで、望んで今のようになっているわけではないのだ。それなのに――。


「一年前も、一万年前も、右京を止められなかったのは俺だ。だから……」

「……いい加減にしてください!」


 気が付けば、彼の頬に自らの平手が飛んでいた。ここは三次元空間とは異なる理の基に存在するため、音も出なければ感覚もない。それ故に叩いた感触も無かったのだが、気持ち的には思わず身体が動いていたのだし、同時に彼の方もある種のダメージを負ったようで、叩かれた左の頬を抑えている。


「自分だけが悪いみたいに言わないでください! 自分がどうにかすれば世界が変わるなんて、酷い傲慢です! 原初の虎だとか邪神ティグリスだとか言われて、調子に乗っちゃってるんじゃないですか!?

 もちろん、アラン君が誰よりも一生懸命に戦ってくれてたのも知っています。でも、それで誰よりも傷ついて、誰かの悪意を自分のせいにしているなんて……凄く理不尽じゃないですか……」


 感情がぐちゃぐちゃになって、叫んだりわめいたりした挙句、最終的には泣きたい気持ちになってしまった。ただ、今のはずっとアラン・スミスに対して抱いていた自分の思いであったのは確かである。


 そもそも、彼が悪いことなんて一つもない。悪いのは、悪意をもって他人を踏みにじった者であり――時にそれは悪意などですらなく、私自身がそうであるのと同じように、世界において耐えきれない苦痛に対してヒステリーを起こしているだけなのかしれないが――何にしても、ただ一人の男の子が、宇宙に蔓延る悪意を一身に背負って戦い続けるだなんてあまりにも悲し過ぎる。


 なのに彼は不満など一つも言わないし、そうであるのが当然のように振舞う。それは、彼が優しいのもあるのだが、同時に彼は誰にも期待していない事の証拠であるようにも思う。自分はこんなにも大切に思っているのに、それが釣り合っていないことが滅茶苦茶に悔しくて――。


「……分かってる、分かってるんです。私が至らないから、アナタは私を頼ってくれないんだって」

「クラウ……」

「突然叩いてごめんなさい……でも、悔しかったんですよ。本当はアナタの隣に立って、一緒に戦いたいのに、アナタは私のことを見向きもしてくれないんですから」


 きっと顔を上げれば、彼は困ったような顔をして「そんなことはない」とでも言うだろう。実際、全く頼りにしていない訳ではないはずだし、部分的には自分が彼の側に居たことの価値だってあったはずではある。


 ただ、鈍い彼は気付いていないのだ。自分が重要視しているのはそういった物理的な話ではなく、もっと精神的なものであるということを。彼が一人で全てを背負わなくても良いように、辛い時には一緒に泣いて、楽しい時には一緒に笑いたい――そういったもっと根源的な部分で対等に居たいだけなのに、彼はそれが自身に許された権利でなく、何かの贖罪と言わんばかりに誰かのために戦い続けようとする。


 そんな彼に対してどうすれば良いのか分からず、ただ子供のように喚き散らしていただけなのもまた自分だ。俯瞰してみれば自分たちは結局、互いに自分の感情や願望を押し付け合っていただけなのかもしれない。もっと言えば、アラン・スミスは経験則的に、人と言うのは所詮そういうものであり――根源的に分かり合えないという達観をしてしまっているのかもしれない。


 ならばこそ、変わらなければならないのは自分だ。他人というのはそこまで頼りにならないという訳ではなく、一緒に歩いていけるだけの強さがあるんだと、この鈍い男の子に分からせなければ。


 決意を胸に振り返り、強烈な朝日に背を向ける。公園の先に見える下りの坂道は、以前に彼と一緒に下っていった記憶があるのだが、それは視覚的にそう見えるだけだろう。自分にも認識できるようにそれらしい形を取っているだけで、あの先を下っていっても海都に出るわけではないはずだ。


 その先には、きっと過酷が待っている。下手をすれば、この一年の苦しみすらも生ぬるいと言えるほどの辛い現実が押し寄せてくるだろう。それでも――いや、だからこそ行かなければならない。


「……だから、分からせてやるんです。証明して見せるんです……私に、私達に、アナタを支えるだけの力があるんだってことを。

 もちろん、今だってアナタに探してもらわなければ、私はずっと迷子のままでした。こんな私が何をしようと言ったって、説得力なんかないかもしれませんが……うぅん、それでも良いんです。これから挽回していくんですから!」


 そう啖呵を切って一度だけ振り返ると、アラン・スミスは日の光を背後にしながらビックリしたような表情を浮かべ――だがすぐに嬉しそうに微笑み、強く大きく頷いた。


「……それじゃあ頼りにさせてもらうぜ。俺は右京の奴をぶっ飛ばしてやらなきゃ気が済まないんだ。それができるように、協力して欲しい」

「はい、任されました! 必ずアナタを現世へと誘い、一緒に……そう、一緒に! 私はアナタの隣に立って、一緒に悪い奴らをぶっ飛ばしてやるんです!」


 こちらも強く頷き返すのに合わせ、彼は何かを思い出したかのように右の手で左の掌に落とした。


「そうだ、もう一つ約束してたよな。記憶を取り戻したら、本当の名前を伝えるって。俺の名前は……」


 彼に向かって一歩進んで、その口に自分の人差し指を押し付けて遮ることにする。


「約束を覚えてくれてたのは嬉しいんですけど……それは、後のお楽しみに取っておきましょう。私だけが聞いちゃうのは、エルさんやソフィアちゃんに対して不公平ですから」


 本当の名前を教えてもらうのは自分と彼だけの約束なのだから、この場で聞いてしまっても良かったのだが――やはりそれははばかられた。世界が大変な状況なのにこんなことにこだわるなんて悠長でもあるのだが、この辺りは自分のモチベーションに関わる重大な部分でもある。


 大切な仲間だからこそ公平でいたい。もちろん手加減なんてする気はないが、先手を打ってズルをすることなく、この件に関しては平等の条件で勝負をしたい――しかし、極地基地で散ったはずのソフィアと言う名が自然と出たのは、誰かの記憶が自分の中にもあるから――やはりそういうことなのだろう。


 唇のぬくもりを指先で覚え、それを彼との絆とし、再び一歩離れて振り向く。彼がどうすれば現世に戻れるのか、そしてこの先に待ち受けていることも、全て分かっている。それは、高次元存在から教えられたという訳ではなく、魂の同居人が記憶していており――自分にも自然と共有されているのだ。


「それじゃあ、私は一足先に戻ります。絶対に私が、アナタが現世に戻れるように道を切り開いてみせますから」

「頼むと言っておいてなんだが、大丈夫か? 君は、その……」

「方向音痴だって言いたいんでしょう? 大丈夫ですよ……私をずっと待ってくれていた光がある。アレを目指していけば、迷うことなんてありませんから」


 そう言いながら、道の先に見える僅かな光を指さした。ずっと、自分たちは繋がっていたのだし、ずっと彼女は自分に対して呼びかけ続けてくれていたのだ。自分を繋ぎとめていたのは、あの光から聞こえる声であり――しかし、今はそれが弱くなってしまっている。急いで向かったほうが良いだろう。


「……次に会ったときは少し私の雰囲気が変わっているかもしれません。でも、ちゃんと気付いてくださいね?」


 そう言いながらもう一度だけ振り返ってアランに向かって手を振り、自分は一目散に微かな光に向かって力強く走り出した。海都の白煉瓦の建物群を抜けると、次第に辺りの気配がぼやけてきて、気が付けば複雑な色彩の光の渦へと周囲の景色が切り替わった。


 自分を待ってくれていたはずの光は、徐々に弱くなっていき――それが消えるまでに何とか間に合おうと足を進めるのだが、最終的に灯りは見えなくなってしまった。しかし、それでも迷うことは無い。何故なら――。


『クラウ、聞こえているのでしょう!?』


 そう、自分を呼ぶ声がする。アランが声を掛けてくれる前に微かに聞こえた声は、魂の同居人の物だけではなかったのだ。その悲痛な叫びに早く応えなければ――親友の声に誘われて走り続けると、見失いかけていた僅かな光へと徐々に近づいてきた。


 衰弱する灯りへと辿り着くと、そこにはボロボロになった自分自身が横たわっていた。恐らく、現世での自分の身は、まさしくいまこのようになっているということなのだろうが――その身の元に跪いて瞳を覗くと、そこには本来自分が被るべきだった過酷を一身に受けて衰弱した赤い瞳がこちらを見つめている。

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