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12-85:神話を終わらせる剣 下


 ◆


 上から攻めてきていた敵を倒すことに成功した。ミストルテインはエネルギーを全力で放出した後は再装填されるまでは空っぽになってしまっていたのだが、ラグナロクに関しては問題なく戦い続けることが出来る――むしろもっと力が溢れてくるような不思議な感じがするほどだ。


 これなら、あの漆黒の渦の中を進むことができる。そう思って改めて剣を正段に構え、未だ正気を失っている魔王へと向き直った。


「もう一度……ブラッドベリさん、行きますよ!」


 相手の名を呼びながら全力で前進を始めると、魔王も咆哮を上げながら漆黒の球体を引き裂いた。再び辺りに黒い暴風が吹き荒れ始め――だがこちらも迷うことなく、目の前に迫る風を切り裂きながら前へ前へと進み続ける。


 当たれば身体が微塵に吹き飛んでしまうような衝撃波の渦の中を進んでいるのだ、その余波ですら皮膚を裂き、身体にピリピリとした痛みと緊張感が走る。敢えて前進する必要なんてないのかもしれない。それこそ、先ほどのように距離を離して光波を飛ばす方が自分の身自体は安全ではある。


 それでも前に進んでいるのは、あの人の怒りと悲しみを真正面から受け止めたいと思ったからだ。


「迷いがあるんですよね、ブラッドベリさん!」


 叫びながら剣を切り上げ、出来た隙間に無理やり身体をねじ込み――暴風を抜け、相手の懐に飛び込んでみせる。もちろん、相手にも迎撃の姿勢はあり、今度は四肢に漆黒のオーラを纏って接近戦に切り替えてくる。


 しかし、その攻撃は今の自分でもいなすことは可能だ。剣から伝わる力が自分の支えになっているのもあるのだが――ブラッドベリは本来ならトリニティ・バーストを使ってやっと相手になる程の実力者であり、安易に接近戦ができる相手ではない。


 それでも、近接戦闘が十分に通じるのは、単純に――。


「私の中の夢野七瀬は、以前のアナタはもっと強かったって言ってます! 仮にアナタが七柱の創造神達に操られていたのだとしても……アナタが同族を想い、護ろうとしていた決意は本物だったんですから!」


 そう、今のブラッドベリの攻撃には重みが無いのだ。剣で受ける一撃一撃は確かな衝撃があるのだが、決意が籠っていないからこそ軽い。今の彼は、操られているだけ――ただ力が強いだけだ。技の冴えは信念に宿る。刹那の極みである強者との戦闘において、思考する時間などは無いのだが――むしろだからこそ、一撃に込める意志の力が勝敗の僅かな差を決定付ける。


 今の彼にはこちらを倒そうという信念が無い。むしろ、迷っているようにすら見える――操られている中で僅かに覗く彼の心が、自分たちとの戦いに躊躇させているように感じられるのだ。


 自分の中にある戦士としての記憶が、以前の魔王はもっと強かったと告げている。夢野七瀬と魔王ブラッドベリは、DAPAの用意した盤上で戦っていただけかもしれないが、互いの信念をぶつけたという点では嘘偽りない――それと比べて今の彼の拳には固さが無い。


 そうなれば、より強固になった私の――いや、この剣を通して感じる私達の意志を、彼は決して折ることはできない。そして自分は、この人に思い出して欲しいのだ。彼自身の本当の強さを。


「本当のアナタはこんなモノじゃないでしょう!? アナタの迷い、怒り、悲しみ……全部! アナタの黒い風を私にぶつけてください! 私は、それを全部受け止めて、そしてアナタを超えて見せます!

 そして思い出してください! アナタ自身の本当の強さを!!」


 金色の光刃で攻め立てると、相手の連撃に隙間ができ始める。ブラッドベリが困惑しているように見えるのは、たった今振り抜いた剣によって左手の先から肘までが両断されたからではない。彼の魂が自分の言葉に反応し、自らの強さを取り戻そうとしているのだ。


 一瞬だけ、操られているはずのブラッドベリが笑ったように見えた。それが何かが変わったという兆候と読み取り、こちらも追撃の手を止めて少し間合いを取る。その読みは外れではなく、自分が踏み込もうとしていた場所へ岩石が無数に飛来してきた。彼は様々な超能力が使えるらしいから――もっとも破壊力があるのがエネルギー衝撃波というだけで――チェン・ジュンダーと同様にサイコキネシスを使うこともできるということなのだろう。


 ただ、今の攻撃は良かった。こちらが押しているという心の隙を突いた的確な攻撃だったからだ。距離を離している内に相手の腕も再生し――ブラッドベリは両腕を回し、再び目の前に暗黒の球体を創り出した。


 しかし、アレは嵐を巻き起こすために練り上げたモノではないような気がする――恐らく、一点突破の矛だろう。その証拠に、魔王は練り上げられた衝撃波の渦の前で腰を落とし、拳による突きを繰り出そうと構えを取っている。


「それが、アナタの決意ですね……」


 もし周囲に甚大な被害をもたらすあの漆黒の暴風の威力が一点に集中したとすれば、それは恐ろしい威力になるに違いない。それならば――こちらも負けないように、正面から迎え撃たなければならない。


 こちらも剣を脇に構え、呼吸を整え、大地を強く踏みしめる。相手と同じく突きの姿勢を取らなかったのは、一番は立ち位置の問題だ。相手が自分よりも高所を取っているので、振り上げる攻撃の方が迎撃がしやすい。それに、互いに貫く一撃を打ち合ったら最後、結果としてはどちらか一人しか残らなくなってしまう――だから、相手の一撃を迎撃する構えを取ったのだ。


 何よりも、この技はもっとも手馴染みの良い技であり、一番威力が出せるという確信もある。一瞬、自分と魔王との間に僅かな静寂と莫大な緊張とが流れる。互いに僅かに笑って後、先に相手の緊張と殺気とが爆発した。後の先、相手が拳を突き出すのに合わせて、こちらも右足を上げ――。


「御舟流奥義! 昇り彗星縦一文字!!」


 思いっきり大地を踏み抜き、軸足から前進をばねにして、思いっきり剣を振り上げる。予想の通りに相手から撃ちだされた漆黒の渦を巻く巨大な槍と、立ち昇る魂の剣戟とがぶつかり合った。


 恐らくこの威力の攻撃がぶつかり合えば、その余波で身体が吹き飛ばされてもおかしくはないはずだ。しかし、ラグナロクから撃ちだされた一撃は単純な高威力のエネルギーではない。相手の撃ちだした強力な衝撃波を受け止め、包み込み――未来を切り拓こうという人々の意志の力は相手を打ち倒す力としてではなく、異属の王すらも包み込もうと立ち昇り、相手の攻撃を霧散させているのだ。


 だが、相手にも意地がある。彼はレムリアの民の思いに反発し、魔族の王たる矜持を貫こうとしているのだ。だが、もう少し、あとちょっと、あと一歩――真っすぐにぶつかれば、きっと共に歩みたいという思いは届くはず。それを、必ず彼に自分の想いを届けてみせる――!


「いけぇええええええええ!!」


 決意を声に乗せると、想いは剣へと伝わり、天を衝く巨大な光の刃は更に輝きを増した。そして金色の光が黒い風を押し込み、呑み込み――剣戟が天へと届き、全ての暗雲を晴らすのと同時に、互いの一撃は完全に消滅した。


 力の奔流で巻き上がった雪煙の向こうで、巨漢が膝をついた気配を感じ取る。先ほどからかなり無理をして身体を再生させつつ、同時に大技を何度も使っているのだ、流石に無限の力を持つ最強の第六世代型アンドロイドと言えども、その体力も尽きたのだろう。


「……私の勝ちですね」


 振り上げた剣をそのまま頭上で回転させ、そのまま振り下ろしてこちらも闘気を解く。恐らくルーナの命令で、無理をして立ち上がろうとしているのだろうが、無理に追い打ちをする必要はない。魔王を完全に足止めすることには成功したのだから、後は彼が終わらせてくれる。


「……何をしておるブラッドベリ! こちらへ援護を……!」

「いいや……終わりだ!」


 土煙の向こうで二つのシルエットが重なり――完全に視界が晴れると、魔王ブラッドベリの額から細い針の先端が突き出ているのが見えた。そしてすぐさまT3が針を引き抜くと、立ち上がりかけていたブラッドベリは再び膝を着いて動かなくなった。あまりに微動だにすらしないので、息絶えてしまったのではないかと思えるほどだ。


 確かに、脳に埋め込まれている微細なチップを正確に貫くことは難しい。そんな繊細な動作は自分には絶対にできない。だが、T3なら絶対に出来る。そう信じて待っていると、巨漢の肩が揺れ始め――ブラッドベリは俯いたままでくつくつとした笑い声をあげはじめた。


「……よもや、二度も貴様達に敗れることになるとはな……だが、悪くない気分だ。お前がどのようにして蘇ったのかは分からぬが、我を七柱の呪縛から解放してくれたこと……礼を言うぞ、ユメノ」


 ブラッドベリは膝をついたままの姿勢で顔を上げ、登り始めた朝日に穏かな顔を照らしながらこちらを見上げてきたのだった。

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