12-83:神話を終わらせる剣 上
「ミストルテイン!?」
思わず砕けた剣の名前を叫んでしまうが、息をつく暇など全くなかった。すぐさまブラッドベリによる追撃が始まったからだ。その一撃を残った刀身で何とか受け止めるが、それを最後に魔剣の柄を完全に破壊されてしまった。
それだけで攻撃の手は止まず、魔王はこちらを絶命させようと鋭い爪による連撃を仕掛けてくる。相手は利き腕を再生中であり、何とか躱せてはいるが――右腕もボコボコと音を立てて肘先から徐々に伸びてきており、完治するのも時間の問題だろう。
右腕が治ってしまえば、剣無しに相手の攻撃を受けるのは厳しい。どうする、その言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、大きく振り上げたブラッドベリの左腕の先が光の矢によって消し跳ぶ。魔王が唸りながら振り向くと、その先ではT3が弓を番えて鋭い目線を向けていた。
「貴様の相手は私だ! 魔王ブラッドベリ!」
T3の挑発に乗ったのか、はたまた剣を折ったことでこちらに対する興味を失ったのか、ブラッドベリは自分にトドメを刺すのを忘れてT3の方へと駆けだした。
T3とブラッドベリの勝負はよく言えば膠着状態、悪く言えば泥沼の戦いと化している。一言で言えば、互いに決定打が無い――T3側は無限に再生するブラッドベリにトドメを刺せるだけの火力がないし、ブラッドベリ側は音速を超えて移動するT3に攻撃を与えることは出来ない。T3にはADAMsが切れた瞬間に隙があるものの、そこを精霊魔法で上手くフォローし、相手から致命傷を受けないように立ちまわっているようだった。
とはいえ、あまり状況が良いとは言えない。T3側は一回のミスが命取りになるのに対し、ブラッドベリ側は無限のチャンスがあるとも言えるのだから。何よりも、本来なら生体チップを破壊するという隙を自分が作らなければならないのに、今は護ってもらうことしかできない。それが歯痒い。
それに、ここまで一緒に頑張ってくれたミストルテインにも申し訳ない。それだけ魔王の攻撃が苛烈だったというのも勿論だし、万全の状態であっても破壊されてしまったのだから致し方ないのかもしれないが――自分がもっとうまく攻撃をいなすことが出来れば、こんなことにはならずに済んだかもしれない。
ともかく、何とかT3の援護に周らなければ。あの人は放っておくと、それこそ自分を護るために命を投げ捨てかねない。せめて砕けて飛んで行ってしまったミストルテインの刀身があれば、多少の攻撃はできるかもしれない――そう思いながら刀身に近づいていく途中で、どこからともなく自分を呼ぶ声がしたような気がした。
辺りを見回すと、近くに落ちている朽ちた剣の柄があった。それは、先ほどまでブラッドベリの腹部に突き刺さっていた聖剣レヴァンテインの柄だった。
「……アナタは……私を知っているの?」
朽ちたレヴァンテインの柄を拾い上げて声を掛けてみる。道具は生きている――それは以前、ドワーフのダンが言っていたこと。自分も何となしにだが、剣には霊的な物が宿っているという直感はあった。しかし、初めて対峙する剣が自分のことを呼ぶだなんて出来すぎだとは思う。
もちろん、夢野七瀬がこの剣で魔王と戦っていたことは知っているし、レヴァンテインは自分をオリジナルと勘違いしたのかもしれない。しかしともかく、この剣の柄を握っていると――確かに懐かしい心地がするのと同時に、確かにレヴァンテインは自分に語り掛けてきているのだというそんな確信がわいてくる。
同時に、ミストルテインの刀身も自分に語り掛けているような気がした。いや、これは気のせいなんかじゃない――聖剣の柄と魔剣の刀身とが共鳴しているのだ。その証拠に剣の柄は確かな熱を持ち、刀身は僅かに震えているように見えた。
「ミストルテイン……レヴァンテイン……分かったよ!!」
レヴァンテインの柄を握りしめ、地面の割れ目に刺さっているミストルテインの刀身の元へと駆けつける。彼らは互いに、足りない部分を補おうとしている。それならばと、剣の柄を刀身にぴったり合わせる。二つの剣は意外なほどにぴたりと合い――元々魔剣ミストルテインは聖剣レヴァンテインと規格を合わせて作られたものらしいから、サイズ感が合うのは必然だったのかもしれない。
そして、これらの剣はナノマシンによる自己修復機能を備えている。繋ぎ合わせた部分の金属が、水泡のようにボコボコと音を立てながら繋がっていく。それだけでなく、ミストルテインの刀身に格納されているはずのワイヤーやアンカーが飛び出て柄を巻き取り、結合し、融合していき――あっという間に柄と刀身とが完全に繋がり、大地に突き刺さっていたそれを勢いよく抜き出してみせる。
新しい剣の外観は、端的に表せば意外とグロテスクなものだった。間に合わせのように融合したせいかワイヤーや導線などが剥き出しであり、刀身はでこぼこしている。また、聖剣や魔剣のように衛星やモノリスからエネルギーを供給されているわけでもない、ただ柄と刀身という区分のある、剣のような形をしているガラクタのような印象すら受けた。
だが、この剣からは聖剣や魔剣を超えるだけの何かがある――刀身を通じて確かに感じるのは、自分の意志や二つの剣だけのものではない。ソフィアやT3、チェン達の、この場で戦っている者たちの――さらにこの空の向こう側、まだこの星で明日を夢見るアシモフの子供たちの切実な祈りを、この剣を通じて確かに感じるのだ。
そしてその想いに呼応するように、刀身から黄金色の光が立ち昇り始め――その光は剣だけでなく、自分の身体も覆い始めた。
「アナタの名前は、ラグナロク……」
まるで剣の方から自己紹介をしてくれたかのように、その名前は自分の口から自然と出てきた。そして上空からこちらへ急接近してくる何者かを迎撃するため、剣を強く握って天へと掲げる。
剣から立ち上っていた黄金色の光がより一層強くなり、そのまま暗雲すらも眩く照らした。強烈な光を発したことで自分を止めようとして来ていたのか、上空からこちらへ向かってきていたルシフェルは警戒のためか中空で制止したようだった。
いや、あんな奴のことなんかどうだっていい。この剣を持って自分が為すべきことは、もっともっと大きなことだ。世界中から集まった意志の力で、あの暗雲を晴らしてみせる――!
「神話を……終わらせる剣!!」
そう叫びながら腕を一度引き下げて、そのまま身体のバネを使って一気に剣を天へと向けて振るってみせた。




