12-82:第八代勇者の残滓と魔王 下
(……いや、全部だ!)
自分のあり様を、たった一つに絞る必要などない。原初の虎の強さは、考える全てを救おうとするところにある。いや、もっと単純だろう。アラン・スミスはまだるっこしいことを考えていないのだ。
あの背に追いつくというのなら、細かいことなど考えている暇はない。一歩でも前へ、前へ――そう強く想った瞬間、暴風の間に一瞬の筋が見えた。もう迷うことは無い。神経の限界の中で僅かな隙間を縫って前へと進み、その巨体とすれ違い、ADAMsが切れるのと同時に魔王ブラッドベリの背後を取ることに成功した。
三百年前に対峙した時は、自分はこんな接近戦などしなかったのだが――そんな感傷に浸っている暇もない。ゲンブから受け取った針を強く握り、相手の後頭部に向けて突き出す。しかし、加速が切れている故に相手との速度差が生じなかったため、相手の反射的な回避行動によって狙いがズレてしまう。このままでは、ブラッドベリの脳を破壊して終わりだ。
「ちっ……!」
義肢の勢いを無理やり殺し、なんとか寸でのところで針を突き刺す手前で止めることには成功した。だが、逆を言えば魔王の前で隙を晒したことになる。当然の如く相手の反撃が行われ、その巨大な足から放たれる蹴りがこちらの腹部に直撃した。
恐ろしいほどの激痛が走るが――不幸中の幸いとして二点、一つはゲンブの補助魔法が効いていたおかげでダメージを抑えられたこと。もう一つは相手が一度防御行動を取ったことにより、衝撃波の渦が一度止んでいたことだ。情けなくもあるが、魔王の一撃で即死することは無く、その場に沈み込むだけで済んだ。
「T3さん!?」
大きく吐血する自分を見て、セブンスが悲痛な声を上げた。致命傷にはならなかったが、すぐに身体を動かすのも厳しい。ブラッドベリは正気を失った目のまま、ただこちらへトドメを刺すため、その太い腕を振り上げて振り下ろさんとしたその時――真空の刃が魔王の右腕に直撃し、紫色の血が噴き出した。
「ブラッドベリさん、止めてください!」
真空の刃を放ったセブンスが大きな声をあげると、ブラッドベリの意識はそちらへ向いた。魔王は深く唸り声をあげ――腕の太さの半分まで到達していたはずの傷は凄まじい勢いで再生を始めており、両碗でもって漆黒の球体を創り上げ、そしてすぐさま再び漆黒の暴風が吹き荒れ始めた。自分は魔王の近くにいるため衝撃波の被害に合わずに済んでいるが――同時に魔王の関心は既に自分に無いのか、暴風の奥で剣を構えているセブンスをじっと見つめていた。
「T3さん、今助けに行きます!」
「く、来るな……」
セブンスはこちらの忠言などお構いなしに、剣を構えて黒い暴風の中へとその身を投じた。彼女にはブラッドベリのデストラクション・ストリームを完全に回避できるほどの機動力はないはずだが、代わりに優れた直感と魔剣ミストルテインがある――厚い刀身で自身を護りながらもこちらへと近づいてくる。
災禍に挑む少女の姿に何か思うところがあったのか、魔王ブラッドベリは野太い咆哮をあげた。もしかすると、銀髪の少女に剣の勇者の姿を重ねているのかもしれない。
対するセブンスも魔王の起こす風にも負けない声をあげながら前進し、その身と剣とを傷つけながらもこちらへ向かってきている。七柱の創造神に用意された偽りの勇者と偽りの魔王、しかし互いにその力と精神は本物――まるで三百年前の激戦が蘇ったかのように、二人の戦士は対峙し、互いの気迫と技をぶつけあっている。
そして最後に立ちはだかる巨大な衝撃波の壁を魔剣で切り裂いて、セブンスは台風の目に入ってきた。少女はそのままレーザーブレードで魔王の右腕を斬り飛ばし、再び黒い暴風は止んだのだった。
「ブラッドベリさん、正気に戻ってください! 私達が潰し合っているようじゃ、七柱の創造神たちの思うつぼです!」
腕を容赦なく切り飛ばして正気に戻れも中々に呑気なように思うが――しかし彼女の声が届いたのか、ブラッドベリはうろたえる様に低い唸り声をあげる。見ればチェンがルーナを追い詰めており、その影響でブラッドベリに対する拘束力が弱まっているのかもしれない。
だが、説得でどうこうなる問題でもないはずだ。問題の原因を排除するに限る。自分も勇者と魔王の衝突を手をこまねいて見ていた訳でなく、精霊魔法で簡易な治癒は完了している。セブンスがブラッドベリを止めてくれている間に、生体チップを破壊せねば。しかし改めて針を強く握り立ち上がろうとした瞬間――もしかすると、星右京が遠隔操作をかけたのかもしれない――ブラッドベリはまた大きな絶叫をあげて、残った左手で衝撃波を纏った手刀を作って少女に向けて振り下ろした。
「くっ……!?」
セブンスは流石の反射神経で手刀を剣の刀身で受け止める。しかしその一撃が最後の衝撃となったのか、魔剣ミストルテインにひびが入った。この一年間の蓄積されていたダメージが一機に出てしまったのか、はたまたデストラクション・ストリームを抜けるために盾代わりに使ったせいで限界がきていたのか――剣は叫ぶように乾いた音をあげ、柄と刀身が分かたれるように砕けてしまったのだった。




