12-75:我が名の誇りに賭けて 下
追い回されたお返しに、一体に向けて雷光の魔術を――第六階層ケラウノス――放出する。確実に仕留めるのならば再び接近戦を仕掛ける必要があるが、距離を詰めては一体を仕留めている間に他の二体に挟撃されてしまう――だが、やはり生半可な遠距離攻撃は自前のバリアによって防がれてしまい、すぐさま残りの二体がこちらへ向かって攻撃を仕掛けてくる。
こちらもすぐに飛行をはじめ、片方が撃ってきた高威力の荷電粒子砲を躱し、もう片方が剣先から撃ってくる細かいレーザー群を結界で防ぎながら距離を離すが――こちらが電磁パルスを出せていないことを見るやいなや、バリアを張っていた三体目が剣を握ってこちらへ急接近してきた。
杖に第三階層魔術弾を装填し、アクセルハンマーで相手の剣を杖で迎撃する。本来なら膂力で勝てる相手ではないが、補助魔法で強化された身体に、魔術によって加速が上乗せされた一撃ならば弾き返すこともできるはずだ。実際目論み通りに相手の一撃を弾き返すことに――相手の剣とこちらの杖とが凄まじい速度でぶつかり合い、けたたましい音が薄暗い空に響き渡る――成功し、しかしその衝撃で互いに吹き飛ばされて中空で制止する形になった。
そしてこちらの制止地点に合わせて、奥にいる二体がこちらに荷電粒子砲を撃ち込んできた。片方はグロリアの、もう片方はチェンの護符から出る七星結界で何とか防ぎきる。今のでトドメになると確信していたのか、明滅する光が晴れると、三体のルシフェルは綺麗に横に並んでおり、同じように驚いたような表情を浮かべ、そして同時に前髪をかき上げた。
「はは、しぶといですね」
「アナタが第六世代の割りに強力なのは認めますが、所詮は負け犬のファラ・アシモフの子供であるアナタ達は……」
「究極にして至高のアンドロイドの私に敵う訳がないのです!」
順序よく喋る男の言葉に、心の内から怒りが込みあがってくる――それは自分のものというよりは、むしろ魂を共にしている彼女の怒りだ。
「黙りなさい! アンタみたいなカッコつけ野郎が究極だなんて、誰が認めるものですか!」
グロリアは杖から身体を離し、不敵に笑っている三体の男に対して鉤爪を向けてみせる。彼女の怒りの要因は、ただ単に母を侮辱されたことから生じているわけではない――母が遺した子供たち、自分も含む第六世代だけでなく、他の第五世代たちが侮辱されたことに対しても怒りを覚えているのだ。
確かにあれだけのスペックの素体が並列して動いているとなれば、一つの意志としては――個体名ルシフェルとしては――その単純な総合力はアンドロイド最強とも言えるかもしれない。しかし、それで納得いかないのはグロリアだけでなく自分も同じだ。
ルシフェルという個体は、最初から最強となるべく全てを注ぎ込まれた、ルーナの言うことを聞くだけの意志を持たない人形――強いてを言うのなら、その作り手と同じように、ただ自分の優位性から他者を見下すという虚栄心のみがあるだけ。
それに対して、アシモフの子供たちは皆、どこか泥臭さを持っている。完璧でないから揺らぎがある、葛藤がある。だから悩むし、自分を探そうとする。それはルシフェルから見たらくだらないことのように見えるかもしれないが――自分は苦しみながらでも前に進む、そんな自分でいたいと思う。
そしてグロリアは、そんなアンドロイドたちを作った母に誇りを持っているのだ。思い返せば、グロリアは最後の世代であるにも関わらず、自分たちアンドロイドを同じ人間と認めてくれている。同じ立場で自分と一緒にいてくれるし、対等な目線で接してくれる――元々は母と確執こそあった訳だが、それが解消された今となっては、よりアシモフの子供たちが侮辱されることが許せないのだろう。
そんなグロリアの気持ちなど微塵にも理解できないのだろう、ただ数の暴力で優位を取っている最後の熾天使は――アレを熾天使と呼ぶのもアシモフに申し訳が立たない気もするが――訝しむようにこちらを見つめて、そしてまた不敵に笑いだす。
「ふっ……良いでしょう」
「私が究極であることを、改めて教え込んで差し上げますよ」
「アナタ達の命でもってね!」
三者が同時に剣の切っ先をこちらに向けて挑発してくるのに対し、グロリアは毅然とした様子で相手を睨み返している。そして、自分としてもその気持ちは一緒だ――確かに自分たちは完璧ではないが、少なくともルーナによって決められた権限とスペックの中で自らを至高と勘違いしている者よりは、まだ自分たちの方が精神性においては上等だろうと断言できるから。
「それはこっちのセリフよ! アンタなんかただのポンコツだってことを、このグロリア・アシモフと……」
「ソフィア・オーウェルが教えてあげます!」
我が名の誇りにかけて――素早く仲間たちに合流するため、また安易に他者を侮辱する熾天使を懲らしめるため、改めてグロリアと心を一つにし、弾幕で閃く暗い空を駆け抜け、こちらへ攻撃を仕掛けてきている三体を迎撃するべく魔術を編み始めるのだった。




