12-69:倉庫の片隅で 下
「やれやれ。そんな調子では、ソフィアさんにアランさんを取られてしまいますよ? 何せあの子の押しの強さは凄いですし……何より、この一年で綺麗になりましたしね」
「むっ……それは……」
ティアは何か言いたそうに口をつぐんでいるが、結局そのまま黙り込んでしまった。以前の彼女なら大胆不敵な感じでいなしてくれたように思うが――やはり自信が持てないのか、あるいはそれ以上に、ソフィアの総合的な成長に気後れしてしまっているのか。
ソフィアが凄まじい執念で技量や知識を磨いたのも確かだが、身体的な成長も著しかった。最初に自分と出会った時などは十一歳の少女であって、まだ幼さも見えたのだが――今ではティアの背を追い越しており、長い手足と美しく長い髪、それに知性を感じさせる品のある顔立ちを見ると、確かに敵わないと思ってしまうのも致し方ない部分もある。
「はぁ、これは重症ですわね……」
元はと言えば、自分が軽い気持ちで発破を掛けたことが間違いだった訳だが――もっと言えば、ティアもソフィアも仲間である以上、勝ち負けをけしかけるようなことをした自分の趣味も良くなかったかもしれない。
自分としてはティアにもう少し負けん気を出してほしかったのが正直な所でもある。内外ともにソフィアに圧倒されている現状を打破できる手段はないだろうか――と思った瞬間、そもそもアラン自身が彼女たちをどう思っているのか気に掛かった。
「レム、アランさんの好みの女性ってどんなタイプなんですか?」
「そうですねぇ……」
こちらの質問に対し、レムは楽し気な表情を浮かべた。レムは案外こういう話が好きなのは織り込み済み、同時にアラン自身の好み次第ではティアにも勝ち目はある。そう思って質問したのだが――女神の楽し気な表情はなりを潜め、なんだか渋い顔をし始めている。
「うぅん、好みのタイプって言うと分からないですね。とりあえず人並みに助べえなのは間違いないんですが……意外と性格的な好みって無いのかもしれません」
「えっ……それはそれでなかなかアレなのではありませんか?」
「そうですねぇ、女体には興味があるけど精神面は気にしないってなったら確かに最低なのですが……実のことを言えば、恋愛面の情緒は割と幼いと言いますか。思春期には同性ととの時間が多かったですし、晴子以外との異性との接点があまりなかったものですから、アランさんはそちらの情緒はあまり発展していないんだと思うんです。
それで、高校卒業後に接点があった異性がグロリアでしょう? その時に異性を妹扱いするのに慣れてしまったと言いますか……更に、サイボーグ化してしまったことも、枯れてしまった要因になっていると思います」
要するに、身体の機械化に上乗せして、暗殺者家業に身をやつしたことから、アランは異性に対して消極的になってしまったと言うことか。というよりも、諦観というか――誰かが自分と一緒になることは無いという諦めの境地にいたのかもしれない。
「ただ、強いてを言えば……」
レムはそこでハッとしたような表情を浮かべて言葉を切り、微笑みを浮かべながら首を振った。
「下手なことを言うのは止めておきましょうか」
「あら、そこまで言われたら気になるのですが?」
「私としては、あまりいい加減なことを言って可能性を狭めたくないんですよ。もちろん、旧世界のあの人も知っていますし、この星においてもずっと彼の思考を読むことは出来たので、あの人の好みについて何となくの推測は出来なくもないですが……アランさんにも皆さんにも、色々な可能性があるのですから、下手なことを言ってその可能性を狭めたくありませんもの」
レムの言葉を聞いて、ティアの方は複雑そうな表情を浮かべた。好みは聞きたかったのだろうが、自らが箸にも棒にも掛からぬと断言されることも避けられたのであり、どちらかと言えばホッとしているようにも見える。
ただ、自分としては逆に不安が勝った。正直、アランの好みに対し、クラウディア・アリギエーリは結構良い線を突いていると思っていたのだ。原初の虎としてでなく、一人の男性として見てくれる彼女の甲斐甲斐しさは、必ずプラスになると思ったのだが――レムが何も言わなかったのは、ティアが選ばれる可能性が低いことを示唆しているのではないか。
自分は変わらず、レムと脳内でコミュニケーションを取ることができる。本人がいう気が無いというのに掘り下げるのもなんだが――少々気になるので、事の真相を尋ねてみることにする。
『もしかして、ティアは好みじゃなさそうなんですの?』
『いいえ、そんなことはありませんよ。貴女の推測通り、下手なことを言ってクラウディアが自分のことを信じられなくなるのを避けたいというのが一番ですが……ただ、本当に兄さんにどういう人が合うか断定できないと思っただけです』
『成程……でも、強いてを言えば、の先が気になるのですが?』
『そうですね。強いて言えば、意外と年上の方が合うかなぁと思ったんです。年下は妹扱いしちゃいますから、年上ならそうもいかないでしょう?』
『まぁ、確かにそうかもしれませんが……その結論は少々大雑把過ぎませんか?』
『その通りです。別に性格的な相性は考慮していませんから。ただ、性格的な面を言えば、本当に色々な可能性があると思うんです。あまり良い言い方ではないかもしれませんが、兄さんはどんな人とでも合わせられますし……そういう意味では、ソフィアもクラウディアも合うとも言えます。
でも、一番大切なのは本人たちの気持ちですから。それを横から茶々入れて歪めることは避けたいと思っただけですよ』
レムはそこでこちらとの通信を打ち切り、実際に口を動かし始めた。
「ま、そもそもクラウディアにしてもソフィアにしても、あの人にはもったいないほどです。今でこそ原初の虎だとか祭り上げられてますが、実際の所は貴女の言う通り、案外普通な人なんですから」
原初の虎とか祭り上げられているだけでも尋常ではないのではないか、などという突っ込みは野暮なのでこの際置いておくこととして――ひとまず少し会話をしたことで、ティアの様子も先ほどと比較したら落ち着いているようには見えた。
その後は二人で割り当てられた部屋へと移動してひと眠りをすることにした。ティアがなかなか寝付けずに居ることは認識しつつも――自分の力では彼女の憂いを晴らせないことに歯がゆさを感じつつも、後は時間と当人の心の向き合い方の問題でもある――そう割り切り、自分は意識を眠りへと落とし、明日の作戦に備えることにした。




