12-64:魔王の成り立ちについて 上
ソフィア達はおおよそ定刻通りに合流地点へと戻り、ヘリはそのままチェンの隠れ家まで直行した。掘り当ててきたモノリスのレプリカについては、ヘリの中では我が主であるレムを中心に、またアジトについてからはチェン・ジュンダーを交えての解析が進められた。
とりあえず分かったこととしては以下のようなことがある。一番重要なこととして、古代人のモノリスをノーチラス号の動力として活用することが可能であるということ。オリジナルのモノリスを目指して作成されただけあり、以前にピークォド号の動力として活用していたのと同じように活用が可能そうであるということだ。
ただし、その出力に関しては百分の一程度であるらしい。その数を聞いた時には頼りないとも思ったのだが、人工物の方が神の創り出した物体の規格に合っておらず、ピークォド号ではモノリスの力を持てあましていたのであり、百分の一でも十分な動力として活用できるということ。また億年も前の人工物が現存しており、これだけのエネルギーを供給してくれること自体が驚くべき事実であるということだった。
なお、なぜこのモノリスが永久機関として成立しているのかは不明のようだ。オリジナルのモノリスは異次元からエネルギーを抽出していたらしいのだが、古代人のモノリスはむしろ永久に三次元の檻に閉じ込められた者たちが創り出した物体であるので、他の原理で動いていることまでは推測されている。
また、本来ならそのような機関を持っているのならもう少し巨大であることが自然なように思われるが、何故この程度の大きさに収まっている理由までは分からないらしい。
内部のデータについては、その解析には下手をすればオリジナルのモノリス以上の時間が掛かるとレムとゲンブは試算を出した。というのも、オリジナルのモノリスは「解くべき暗号」として知的生命体の元に送られてくる。そのためその難易度が高かったとしても、様々な知的生命体が解読できるだけの手がかりを持たせて、その役目が来る時まで眠っているのだという。
対して古代人のモノリスは、原種達が利用できれば良いのであり、異邦人である我々に解読させるつもりで制作されているわけではない。同じ知的生命体と言う共通点がある故に高次元存在が送り込んでくる物体よりは文字通り低次元の存在ではあることを差し引きしても、言語形態どころか生態系すらも異なる生物の創り上げた物質を解析するのには時間を要するとのことだった。
まとめると、火急の要件を満たす物としては活用が出来そうではあるが、細かいことは分からない、という風になる。もちろん、解析できていないものを実戦に導入することのリスクはあるが、四の五の言っていられる状況でもないということで落ち着いた。
ここまで意見がまとまるまでには、古代人のモノリスを運んでから三日ほどの時間を要した。解析はレムとチェン、ソフィア、シモン、グロリア、イスラーフィールの六名が担当している。とくにレムとイスラーフィールは昼夜問わずに作業を進め――その間、アンクは作業用の部屋に置いており、自分は雑務をして時間を過ごしていた――今しがた解析の結果を共有された形だ。
内容の専門性が高くあまり理解できたわけでもないのだが、自分は幼少の頃よりレムから多少は難しい話も聞かされていたので、ティアやナナコよりは内容を咀嚼することもできた様に思う。実際、ナナコなどは内容を理解することを放棄したのか、逆に良い笑顔を浮かべている。
「はい、よく分かりませんでした!」
「ははは、大丈夫ですよセブンス。貴女は元気なだけで花丸です」
「えへへぇ、そうですか?」
「えぇ、えぇ……それこそ、決戦前にイレギュラーなことがあっては良くありませんから」
チェン・ジュンダーの皮肉を理解できていないのだろう、ナナコは何故だか得意げに腕を組みながらうんうんと頷いている。しかしすぐに何かを思い出したかのように「あの」と声を上げた。
「それでですね。古代人のモノリスを活用して、ミストルテインにエネルギーを注入できないでしょうか?」
「それは少し待ってほしいですね……まず、ノーチラス号の発進を先に回したいというのがあります。ここももはや安全ではありませんし、早めに居所を移したいという意図があります。
また、機構剣ミストルテインは、オリジナルのモノリスよりもたらされる異次元からの魔術的なエネルギーを破壊力に変換しているのです。古代人のモノリスのエネルギーが不明なものである以上、それを注入しては故障に繋がるかもしれません」
「なるほど……」
「分かってくれましたか?」
「完全には分かりませんでしたが、優先度的に今は無理と言うのは分かりました。でも、それならせめて、修理だけでもしてもらいたいのですが……」
ナナコは席を立って、背後の壁に立てかけてある巨大な剣を持ち出してきた。その刀身は傷だらけであり、かなりくたびれてしまっているように見える――先日の戦闘でも問題なく利用できていたのだから故障しているわけではないのだろうが、確かにあのまま利用し続けるのもいつ折れてしまうかもしれないという不安はあるだろう。
修理して欲しいというナナコに対し、チェンは少し傷だらけの刀身を見つめ、ややあってから首を横に振った。
「それくらいなら修理は不要かと思います。貴女には言っていませんでしたが、その剣は本来なら特別な修理は不要なんです」
「え、そうなんですか!?」
「えぇ。その剣は単純な機械という訳ではなく、有機的なナノマシンによる自己修復機能を兼ね揃えているのです。この一年間、ひとまずレーザーブレードとしては活用できたでしょう? それは、太陽光を活用してエネルギーを補填しつつ、ナノマシンが剣を修復していたからです。
もっとも最近は雲が直射日光を遮っているので修復が遅れているようですがありますがね」
「なるほど……でも、疑問が解消されました。先日付けてしまった傷が徐々に薄くなってきていたりしていたので……」
「同時に、それだけボロボロになっているということは、貴女がこの世界で誰かを守るために常に戦い続けていたことを意味するのでしょう。お疲れ様です、セブンス」
「は、はい! ありがとうございます!?」
声を上擦らせるナナコに対し、チェンは乾いた笑い声をあげる。
「私から労いの言葉が出るのがそんなに意外だったでしょうか?」
「あの、いえ……まぁ、その、はい」
「私とて、誰かの頑張りを素直に賞賛するくらいの度量はあるつもりです。もっと言えば、貴女が第六世代型のために戦い続けてくれたから、今日まだ世界が終わっていないという見方もできますし、そう言った意味での労いでもあります」
チェンは先ほどは無味乾燥な笑みを浮かべたのに対し、今はどことなく温かい声を少女に向けている。自分の称賛を素直に受け取ってもらえなかったことに思うところがある一方で、ナナコが誰かのために戦い続けたことに対しては心からの賞賛があるのだろう。
そんな風に思う傍らで、ふとティアの方へと視線を向けると、何やら所在なさげにしているのが視界に入ってきた。彼女はナナコの活躍をどうこうというより、先ほどから蚊帳の外であること――正確には、仲間たちに対してあまり貢献できていないという焦燥感があるに違いない。
自分だってティアとそう貢献度は変わらないし、そんなに気に病むことでもないと思うのだが。とりあえず、いつまでも地下にいても身体がなまってしまうことも間違いない。謙虚な友に――以前はもう少し開けっ広げだったように思うが――変わって自分が話題を返ることにする。




