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幕間:仄暗い谷底で

 バルバロッサの砦からやや離れた場所、山間部の合間の谷底が、彼との合流地点になっていた。空にはオールディスの月が――この世界ではルーナなどと呼ばれていらしいが――浮かんでおり、真っ暗な岩肌を青白く照らしている。


 大分足場は悪いが、それは宙を浮いて進む自分にはあまり関係のないことだ。しばらくふわふわと進むと、岩壁を背に一人の男が腕を組んで立っているのが見える。暗い中でも目立つような真っ赤なマントの風貌で、本来なら銀髪の髪は月明かりで青白く光って見える。


「T3、お疲れ様です」


 こちらが声をかけると、銀髪の男は首だけ回してこちらを向いた。その顔は眉目秀麗とも言えるが、生々しい傷跡がそこかしこに走っている。何より印象的なのは、その尖った長い耳だろう――要するに、彼は普通の人間ではなく、この世界で言うところのエルフという種族なのである。


「……まったく、無茶を言ってくれる」


 そう言いながら、銀髪のエルフはマントの中に手を伸ばし、一つの大きめの結晶を取り出した。


「……これでいいか?」

「えぇ、えぇ、それはまさしくレイバーロード、イブラヒム卿の結晶……苦労なさいましたか?」

「あぁ……聖剣の一撃の余波すれすれを縫って回収してきた。どの道、結晶化した後に更に負荷を加えれば、結晶そのものが消滅する……聖剣の威力を考えれば、結晶が無くなったこと自体は怪しまれてはいないはずだ」

重畳重畳ちょうじょうちょうじょう。それでどうでしたか、久々の聖剣の一撃を間近で見た感想は」

「以前は後ろで見ているだけだったが、まさか受ける側に回る羽目になるとはな……しかし、彼女の放つものの方が、強力だったように思う」

「それはないでしょう。聖剣の一撃は誰が撃っても一定のはずです」

「……どうかな? 彼女は、何からも愛されていた……人からも、動物からも、そして剣からも愛されていたように感じるがな」

「ふむ、まぁ貴方のいう事を否定する気もありませんよ……私は、先代の勇者が戦っているところを見たことがある訳ではありませんから」


 貴方が彼女のこととなると妙にセンチになるだけだとも言おうかと思ったが、止めておいた。彼は彼女のことを心の拠り所に、今もこうやって足掻いているのだから。


「……それは、何に使うんだ?」

「ホークウィンドの肉体に利用しようと思っています。魔将軍の肉体ともなれば、素体としては一級品ですから」

「なるほどな……」


 男は頷いてから、再び背を岩に預けて天を仰ぎ見ていた。恐らく、先代勇者のことを話し始めてしまったので、感傷に浸っているのだろう。


「そんなことよりも、見つかりましたよ、エリザベート・フォン・ハインラインが」

「……そうか」

「貴方が取り逃がしてしまっていなければ、無駄に警戒することもなかったんですがね」

「あぁ、そうだな……」


 相変わらずどこ吹く風で、男は星を眺めている。


「ふぅ……今更ではありますが、どうして彼女を見逃したのですか?」

「養子と聞いていたからな。それに……後は、言わなくても分かるんじゃないか、ゲンブ」


 そこでようやっと、エルフの男はこちらに振り向いた。恐らく、彼が言いたいのはこうだ――復讐こそが、絶望の淵に落ちた者が生き残る、唯一の糧になるのだと。そして、彼は彼女に、エリザベート・フォン・ハインラインに自分を重ねてみた――そんなところだろう。


「……私には分かりません。勝つためには、僅かな不安要素すら取り除くべきです」

「ふっ……そうだな。もしヤツがハインラインの器と確定するのなら……」

「えぇ、確実に彼女を仕留めなければなりません……今度は、躊躇しないでくださいよ?」

「あぁ、了解だ……だが、魔王が仕留めてしまうかもしれんぞ」

「それならそれで、我々が手を下す手間が省けるというものです」

「そうだな……ところで……」

「はい?」

「そのふざけた体はなんだ?」


 そう言いながら、男はこちらを指さしていた。先日、魔王に器を壊されたので、間に合わせで別の器を用意したのだが、それは彼の中では自分がふざけていることになっているらしい。


「ははは、可愛らしいでしょう?」

「……違和感しかないな。少女の人形から男の声がするのは、ハッキリ言って不気味だ」

「まぁまぁ、もう三百年近い付き合いになるのです、見た目なぞたいした意味合いをもたないと思いますが」

「はぁ……お前みたいに胡散臭い奴と三百年間も行動を共にした俺の気持ちにもなってほしいが」

「はは、たかだか三百年ですよ」


 いくらエルフと言えども、三百年はそこそこ長く感じるらしい。しかし、それは自分にとっては長い時の中のほんの一部に過ぎない――奴らに復讐するために、自分は――。


「……そうですね、やはり貴方の気持ちも分かるかもしれません」


 気が付くと、自分も彼と同じように天を仰ぎ見ていた。そこには、仇敵が浮かべている巨大な青い月が、自分をあざ笑うかのように静かに輝いていた。

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