12-59:小さな納戸にて 下
「……そろそろ、他の者たちと合流したらどうだ?」
「え? 今日は私もここで寝るつもりでしたけど……」
「馬鹿なことを言うな。年頃の娘がそんなことを言うもんじゃない」
「ぶふぉ!」
「……何がおかしい?」
「いや、だって、T3さんの口から年頃の娘なんて言葉が出るとは思わなかったので……ぷくく!」
「ふぅ……だが、どの道この納戸で何人も雑魚寝は出来まい。元々ジャンヌが使っていたようだが、お前らはまた別の部屋を取ったほうが良いだろう」
「それはそうですね……あ、でも」
「もう勝手に出ていったりはしない」
「ホントですよ? 嘘ついたらハリセンボン飲んでもらいますからね?」
先ほど約束もしてくれたのだし疑っているわけではないのだが、一応念には念を押しておき――ノブに手を掛けたタイミングで一つ話しておくべきことを思い出し、自分は扉を開ける前にT3の方へと振り返った。
「あの、グロリアさんのことですが……」
「あぁ、分かっている」
「えぇっと、本当に分かってます? その、謝ったりするのも違うと思いますけど……T3さんの場合、なんだか妙な方に思い切りそうで心配なんですが」
「一度話したほうが良いというのだろう? そこに関して異論はない」
「はぁ、それなら良いんですが……」
会話を終えた後は、自分は宿の向かいの詰め所でジャンヌと同じ一室を与えられ、そこで一泊することになった。そして翌日、すぐにT3を宿に迎えに行き、彼と一緒にレヴァルの付近に着けていたヘリの場所まで移動する。
搭乗員は自分にT3、ティア、アガタ、イスラーフィール、それに操縦者のシモンの五人だ。もちろん、ソフィアもこの場にいるのだが、彼女は万が一に備えた遊撃のため、ヘリの護衛に当たることになっている。そもそも五人も乗るとヘリがぎゅうぎゅうになってしまうというのも、ソフィアが外で警護を買ってくれた理由の一つだ。
ジャンヌとテレサはレヴァルに残ることになった。テレサに関してはレヴァルの人々を鼓舞するのに残るという意味もあるのだが――逆に戦力の落ちてしまうレヴァルの守りを少しでも増強する意味合いもある。
逆に、イスラーフィールはこちらへの同行を強く志望してきた。護るべき主君がいなくなってしまったというのもあるのだが、僚機であるジブリールと出会える可能性が少しでも高い方に賭けたいようだ。確かにファラ・アシモフが亡き今、敵が熾天使級をレヴァルに当てる可能性は低いだろうし、ジブリールを救いたいならこちらに同行するほうが可能性は高いと言えるだろう。
ジャンヌにはゲンブとも連絡を取れるように通信機は持たせているが、星右京に傍受される可能性を考えれば恐らく使用する機会は無いとのことらしく、それ故にレムが昨日のうちに色々と話を聞いておいたようだ。ジャンヌも、レヴァルの再建に意欲的なようであり――二度の襲撃で積極的に防衛に参加したことで信頼を得たおかげで、最初に自分と城門をくぐった時と比べて彼女に対する反対意見も多少落ち着いたようだ。
「ジャンヌさん、お世話になりました」
「えぇ、こちらこそ……貴女と過ごした時間、悪くはなかったわよ」
自分がヘリの中から見送りに来てくれたジャンヌに別れの挨拶をしている傍らで、外では自分と同じようにソフィアとテレサが挨拶を交わしているようだった。そしてテレサがソフィアから離れるのと入れ替わるように、T3が少女の元へと歩み寄り――その肩に乗る機械の鳥の前で腕を組みながら止まった。
「……何とか言ったらどうなの?」
「……貴様の言葉を受け止めに来たんだ」
男のあまりにぶっきらぼうな様子に、自分はハラハラとしながらT3とグロリアの動向を見守る。その武骨さこそ彼らしいと言えばそうだし、謝るのも違うと言ったのは自分なのだが、それでももう少し態度というか、話しやすい雰囲気を作るとか、色々努力すべきことがあると思うのだが。
そもそも、あんな様子で話しかけられたら、グロリアだって困るのではないか。いやいや、もしかしたら険悪な雰囲気になる恐れだってあるのでは――しかし、そんな心配は杞憂のようだ。機械の身体ゆえに表情こそ無いのだが、グロリアから怒気は感じられないからだ。
「別に、アナタを恨んだりはしていないわ。確かに思う所が無い訳ではないけれど、あの時はあぁするしかなかった訳だしね。それに……私が言うのも違うと思うけれど、これで良かったのよ」
「……どういうことだ?」
T3の質問に対し、グロリアは首を回して空を見上げた。
「私達最後の世代は、長く生き過ぎた……それに、相応の罪も背負っている。その贖罪が死であるべきだとまでは言わないけれど、本来ならこの世界の在り方に対して、もはや口出しするべきでないのは確か。
あの人は……ファラ・アシモフはそう思って、アナタ達に未来を託したのよ」
「グロリア……」
ソフィアが心配そうに名を呼ぶと、グロリアは無言のまま羽でソフィアの髪を撫でた。そして視線を男の方へと戻すと、どこかあっけらかんとした様子で話を続ける。
「ま、アナタに文句を言ったところであの人が戻ってくるわけでもないし、実際に戻ってこられても気まずいだろうしね。両親を別々の虎に狩られてしまったというのは、なんだか皮肉な運命のように思うけれど……ともかく、もう心の整理は済んでいるわ」
「……そうか」
「何より、そんな辛気臭い顔をされていたら怒るに怒れないわよ。強いてを言うなら……ナナコがアナタと別れてずっと心配していたようだし、せめてもうあの子に心配させないようにしてあげなさいな」
「……善処する」
T3はグロリアに対して頷き返した後、ヘリの中へと移動してきて自分の隣に腰かけた。
「聞いてましたよ。善処してくださいね?」
「善処というのは、あくまでも努力目標を表す言葉だ」
「えぇっと……どういう意味です?」
T3の言葉の真意を測りかねて質問を返すのだが、彼はもはや腕を組んだまま何も無言を貫くだけだった。




