12-57:小さな納戸にて 上
ソフィア達が慰安や書類仕事をしている傍らで、自分は城塞の修復作業の手伝いをすることにした。自分には難しいことは分からないし、この街には来たばかりで知り合いもいないので、役立てることとなれば力仕事くらいの物であり、自分から立候補したのだった。
身体を動かしているほうが精神的にも楽というのもある。ファラ・アシモフを失った心の痛みに対して、座り込んでいればモヤモヤとしたものも晴れないだろうという気持ちもあった。
アシモフの事に関しては、各々思うところがあるのは理解しているつもりだ。T3やグロリア、それにチェンも彼女には恨みがあったことだろう。とくに彼女は自分のオリジナルである――同時に旧世界のオリジナルのクローンでもある――夢野七瀬を殺害に関与しているのであり、本来は自分も彼女に対して憎しみの感情を持つべきなのかもしれない。
とはいえ、夢野七瀬の記憶を継承していない自分にとっては、ファラ・アシモフは出会った時から自分の味方であった。少々気だるげな印象は受けるが、それでもアンドロイドたちを我が子のように思う優しさがあるのは自分も見ていた。そういう意味では、自分にとってファラ・アシモフは落ち着きのあるおばあちゃんのような存在だったのだ。
せめて、最後に実の娘と少し話ができて、幾分か心が通ったように見えたのが幸いだったのだろうが――しかしその代償として、自分以上に傷ついてしまっている人がいる。だからこそ自分は無理やりにでも彼の手を引いて、せめて一人にしないようにと思ったのだが――。
「T3さん、こちらの資材を運んでもらってもいいですか?」
「あぁ……」
「T3さん、これ持っててくれませんか?」
「あぁ……」
「T3さん、ちょっと肩車してくれませんか?」
「あぁ……」
「ちょっと、大丈夫ですか!?」
「あぁ……」
こんな調子でT3はずっと上の空で、何を言っても「あぁ」としか言えなくなってしまっている。もちろん、こちらのお願いは言った通りにしてくれるし、手が止まっている訳ではないのだが。ともかく今は何でも言う通りにしてくれている状態だった。
「……T3さん、もっと私に優しくしてください?」
「それは断る」
「なんでそこだけ正常な判断を下すんですか!?」
なんでも言うことを聞いてくれるのなら普段は出来ないお願いをしてみたのに、肝心なところは素気無く断られてしまった。そして、せっかく明確な意思をもってこちらの願いを断ったのに、T3はまたすぐにボンヤリとした様子に戻ってしまった。
無理やりにでも連れ出してきたのは半分正解、半分不正解という感じだろう。独りにしないという点では良かったのだが、T3は思考を先ほどの一件に取られており、結局この作業ですらまったく気分転換にはなっていないのだから。
それほどまでにファラ・アシモフをその手に掛けてしまったことは、彼にとって重大なことだったのだろう。元々彼は七柱に復讐を誓った身であり、実際に人を殺めたのは一度や二度でないはず。覚悟が無かったという訳ではないが、それでも実際に仲間を撃たなければならなかったという心理的な傷は大きいということに違いない。
ともかくそんな調子で、ある意味では淡々と、ある意味ではもやもやと外壁修理の作業を続けていると、先ほどソフィアの演説に元気よく答えてくれた男性が――確かバーンズと呼ばれていた――手を振りながら近づいてきて、自分とT3の顔を交互に見比べた。
「お嬢ちゃんたち、ここは良いから……先日ジャンヌが泊まっていた部屋があるだろう? あそこでゆっくりしているといい」
「え、でも……」
「そんな調子で作業されてもあぶねぇし、何より……残念ながら、お前さんの相棒がやったことを快く思わない奴もいる」
バーンズが目線をやると、その先ではたむろしていた男性陣が気まずそうにそそくさと解散した。T3に対して敵意を向けている者がちらほらといるのは気付いていたのだが――少しでも作業を手伝うことで彼への敵意を払しょくできると思っていたのだが、やはりそう簡単にもいかないらしい。
「オレは、アンタの決断は間違ってなかったと思うぜ。レア本人の頼みだったんだ……全員それは分かってる。だが、上手く感情を処理できない奴もいるのも間違いない。冷静になるには、少し時間も要るだろう。
何より、お前さんたちはレヴァルを護ってくれた英雄さ。やべぇ奴らと最前線で戦ってたんだ、疲れもあるだろう。今日くらいノンビリしたらどうだい?」
バーンズは再度自分とT3を交互に見ながらそう提案してきた。確かに、この人の言う通りだろう――今はT3も自分から逃げたりしなさそうだし、今は人目を避けて落ち着く方がいいかもしれない。
「そうですね……T3さん、行きましょうか」
「……あぁ」
T3は力なく頷くと、自分の隣に――と言っても妙な距離感はあるのだが――並んだ。彼の方から何か言ってくれるわけでもない。こちらも何といえばいいか分からず、所在なく周囲に視線を向ける。
何となくだが、この街並みは懐かしい感じがする。道の広さであるとか、区画であるとか、建物の雰囲気だとか――夢野七瀬が見た景色だから懐かしいと思うのか、それとも自分がクローンだと自覚しているからこそ懐かしいと思い込んでいるのか、どちらかかは分からないが――ただ、第五世代型との激戦で激しい損傷が痛ましく感じられる。
宿へ戻り、先日の物置部屋へと入ると、T3は腕を組みながら壁に背を預けて俯いてしまった。




