表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
726/992

12-56:雪解けの時 下

「お母様は一つ勘違いしています。私は、貴女のことを見下げたりはしていません。もちろん、その態度に凍えるような想いをしたことは否定しませんけれど……貴女が決して私利私欲のために行動しているわけでないことは分かっていましたから。

 貴女は平和のために尽力していた……そんな貴女を尊敬していたからこそ、私は厳しい修練にも耐え、魔族との戦いに身を投じていたのですから」


 彼女への尊敬を口にできて、少し気持ちが晴れてくる。今しがた言葉にしたように、冷たくされたことに対する恨みが無い訳ではないし、この先に自分たちはまたすれ違ってしまうかもしれない。


 それでも、彼女から歩み寄ってきてくれたことは喜ぶべきことだし、大切なのは過去でなくこれからだ。今、雪解けの時が来た――絶対者である母と抗う子という関係性ではなく、互いに一人の人間として認め合えたのだ。


 マリオンはこちらの言葉に安心したのか、微笑みを浮かべて再び筆を取って作業へと戻った。


「ちなみに、私も貴女に反抗したことや、門を破って出ていったことを謝りません」

「えぇ、構わないわ。代わりに、必ず生きて帰ってくると約束してくれればね」

「はい、必ず……私は偽りの神々との戦いに終止符を打ち、生きて帰ってくると誓います」

「えぇ……ありがとう。さぁ、細かいことは私に任せて、貴女はもう休みなさい。明日も早くに発つつもりなのでしょう?」

「はい、お母様も無理なさらず……この街をよろしくお願いします」


 マリオン・オーウェルが口元に笑みを浮かべながら頷くのを見て、自分は執務室を後にした。そして私室へと戻ると、機械の鳥が――彼女の体は自分が外を回っているうちにシモンが直してくれたようだ――羽を動かし、窓枠に止まってこちらを眺めてきた。


「……良かったわね、ソフィア」

「グロリア、起きていたの? 声を掛けてくれればよかったのに」

「母子水入らずを邪魔するほど無粋じゃないわ」

「でも……」


 こんなことに罪悪感を抱くのは違うのかもしれないが――元々グロリアと自分は同じように母に道具として使われ、恨みを持っていたという共通点がある。その結果が片や和解で、片や死別であれば、自分だけ良い思いをしてしまったという後ろめたさはどうしても出てきてしまう。


 そんなこちらの不安を他所に、機械の鳥は首をゆっくりと横に振った。


「大丈夫よ。随分取り乱してしまったけれど……私も私で整理できたつもり。私もあの時、あの人と通じ合ったんだから……アナタだけズルいなんて思っていないわ。何より、私たちが反面教師になって他の親子の関係性に良い影響があったのなら、喜ぶべきことでしょう」


 会話は互いの口で行っているが、変わらず精神は友にしているが故、彼女の気持ちは自ずと理解できる――その言葉に偽りはなく、彼女は本心から自分と母の和解を喜んでくれているようだった。


「思い返してみれば、私はあの人の卑怯な所が嫌いだったんだと思う。負い目のある部分から目を背けて、自分の好きなことばっかりして、私のことを見てくれない所が許せなかった。

 確かに、この世界で出会ったファラ・アシモフは一万年前のあの人とは違った……でも、弱い所は変わってなかった。だから、味方であったとしても許すことが出来なかったんだけれど……」

「……アシモフさんが変わったのは、極地基地でグロリアを失ったと思ったことが原因だったんじゃないかな」

「そうかもね……」


 グロリアはそこで言葉を切って振り返り、窓から星の見えない空を見上げた。


「今になっても、ファラ・アシモフの罪は重い思う。彼女はクラークや右京の言いなりになって旧世界を滅ぼし、この世界の人々のことも苦しめ続けていた張本人だもの。いくら反省したからと言って、帳消しにできるものではない。

 ただ……死してなお責めるほど、私も狭量ではないつもりだし……彼女が最後に見せた強さは本物だった。私は卑怯者の娘ではなくなった。それだけで十分」

「……冷たくされたことや、実験台にされたことは良いの?」

「当時はそれも恨んでいたけれど、この能力のおかげでアランと出会えたのも確かだしね。ともかく、幼少期のことについては、もう気にしていないわ……アナタだってそうでしょう?」

「そうだね……大切なのは、私たちがどう受け止めるか、そしてこれから……だもんね」


 ファラ・アシモフが覚悟を決めたのを遅すぎたと責める人も居るかもしれない。そして、その死は当然の報いであったと思う者も居るだろう。だが――肝心の娘は、母の罪以上に、彼女が最期に見せた強さを認めた。それならば、自分からとやかく言うことも無いだろう。


「……アナタはお疲れでしょう? いい子は寝なさい、ソフィア」

「むっ……私はもう子供じゃないよ」

「身体が大きくなっているのは認めるわ。でも、私からして見たらまだまだよ……何より、アナタは脳をしっかり休めないとダメなんだから。大丈夫、寝坊しないように起こしてあげるから」

「……分かった。それじゃあお休み、グロリア」


 実際の所は、彼女は少し一人になりたいというのもあるのだろうし――事実、今日は一日動き通して疲労が蓄積しているのも確かだ。以前と違い、街のことは母に任せればいいという安心感もある――そう思いながら床にはいると、すぐに意識が眠りの底に落ちそうになる。


「……大切な者へ命をつなぐ、か」


 そう聞こえたのは、果たして夢の中だったのだろうか。どこか悲し気に、どこか決意が満ちたようなその呟きは、心に印象的な影を残し――そして意識は深い眠りの中に落ちていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ