12-54:雪解けの時 上
ルーナたちによる襲撃の後、自分はチェンの元に戻らずに――もちろん一報は入れているが――レヴァル再編のための事後処理に加わった。元司令官として簡単な慰安をするべきだとも思ったし、アシモフ亡き後の動揺を少しでも抑える意味合いもあり――師を失った今、何もしていないと辛いというのもあった。
アレイスター・ディック師の身体がアルジャーノンに奪われてしまった時から覚悟は決めていたものの、実際に目の前で失ってしまったこと、そして何よりも先生が決死の覚悟で作ってくれたチャンスを活かしきることのできなかった負い目もあり――ひとまず何かしら身体を動かすなり人と接しているほうが気がまぎれる、というのもあった。
ギルドのバーンズを筆頭に、フィリップ大尉やレオ曹長など自分を慕っていてくれた人たちは健在だった。長らく城塞都市を離れていたというのにも関わらず――また温厚な性格の思考領域をグロリアに明け渡しているせいで、なかなか愛嬌のあることも言えなかったのだが――彼らは温かく自分のことを歓迎してくれた。
一緒に慰安に周ってくれたティアには「それだけソフィアちゃんがここで頑張っていた証拠だよ」と言われた。そんな周囲の温かさに、この一年間でささくれ立っていた気持ちが少し柔らかくなる。
襲撃の跡片付けをする人々に声をかけて周る傍ら、ティアとこの一年間のことを共有した。彼女とは久々にゆっくり話したことになるのだが、それもまた懐かしく、自分にとっては良い刺激になった。クラウディア・アリギエーリという人物に宿る二つの魂には、人を包み込む包容力のようなものがあるように思う。
もちろん、この一年の間、シモンやテレサ姫がかなり気に掛けてくれたのは分かっている。チェン・ジュンダーですら自分を鍛える中でもこちらを気にかけてくれていたのも分かっている。
何より、器を一緒にするグロリアの存在は自分にとって大きかった。腕を接合した初期こそは、彼女も自分と同じように復讐に心を支配されていたのだが――彼女自身が言っていたように、グロリアの方が次第に落ち着いてこちらを支えてくれたのは間違いない。
彼女は自分に対して姉のように接してくれていた。自分には血を分けた姉もいるが、ほとんど会話したことも無い――自分は物心ついた時には勉学ばかりに打ち込んでいたし、学院に通うようになってからは家にいる時間もほとんどなかった。
より正確には、自分には家族らしい温かみなどとは無縁だった。姉だけでなく他の兄弟とも両親とも会話した記憶などほとんど無いのだから。あるのは事務的な会話だけで、家族らしい会話など無かったと表現するほうがより適切であるとも言えるが――ともかくグロリアの気遣いは心の置けないものであり、時にそれを煩わしいと思うながらも、自分が最低限の人間らしさを喪失させずにいられたのは彼女の影響が大きいと思う。
ただ、グロリアはお節介な皮肉屋であり、少々意地悪な気質がある。それに対してティアは――クラウもそうだったが――同じ姉のような存在であっても、隣に立って支えてくれるような温かさがある。そういった点は、前から引っ張っていくタイプのグロリアとは対照的と言えるだろう。
さて、他の面々については以下のようになる。まずテレサ姫については、自分と同じように人々の慰安に周っている。彼女、並びに王室の権力は半ば象徴と言えども――いや、だからこそ――王家の者が直々に声を掛けるのは、確かに不安の中にいる人々の励ましになる。
次にナナコについては、城塞の復旧のために力仕事をこなしている。アシモフの死にかなりのショックを受けていた彼女だが、身体を動かしているほうが気も紛れるということらしい。独自行動を取っていたT3もナナコに無理やりに連れられ、今は淡々と復旧作業を手伝っているようだ。
実際の所、今後のレヴァルに対する襲撃は減ると予想される。星右京らの目的は第六世代型アンドロイドたちの心の拠り所であるファラ・アシモフを暗殺することであったからだ。アシモフを護るという自分たちの目的は失敗した一方で、、右京らの目論見もまた挫かれた――彼女が見せた最後の強さのおかげで、黄金症は進行を見せていないのだから。
レヴァルの組織再編などの事務作業について、アガタとレム、それにマリオン・オーウェルが尽力してくれている。自分は直近のレヴァルの組織体制については詳しくないので、内情に精通している彼女らが対応したほうが早いはずだ。
そして、まだ自分は母と話はしていない。およそ二年近く前に、扉を破って出た時から話をしていないのであり、気まずさもあったため、自分の方から逃げるように外回りに出たのもある。
最後に、グロリアについてだが――ファラ・アシモフの死に際し、「少し休む」とだけ言い残して、その意識を眠らせていた。彼女の母に対する複雑な感情は、意識を共有した瞬間から認識している――アラン・スミスを奪ったDAPAを憎み、元々は本気で母すら殺してやろうと思っていたことも自分は知っている。同時に、彼女が本当は親からの愛情に飢えていたことも。
互いに言葉にこそしなかったが、自分もグロリアも母から認めて欲しかったという点は一緒なのだ。しかし、その感情の重さに関しては、グロリアは自分以上のものがあった。自分は母に対して殺意までは抱いていなかったし、敵対するまでの関係性ではなかったのだから。
ともかく、兵舎に戻るころには日もすっかり落ちてしまっていた。かつて自分が使っていた私室があてがわれおり――そこは直近ではファラ・アシモフの寝室として使われていたようで、今はグロリアの機械の体が休んでいるはず――休むこともできるのだが、眠る前に肩の荷はすっかりと降ろしておきたい。そう思って執務室へと向かって扉の前で止まり――大丈夫、アガタやレムもいるから、そこまで気まずくならないはずだ――深呼吸をして扉を開けると、中には作業を続けるマリオン・オーウェルがただ一人残っているだけだった。




