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12-51:ある母娘の物語 上

 猛烈な光が辺りを覆い、轟音が耳をつんざく。しかし本来ならすぐさま自分の体など蒸発してもおかしくない攻撃を受けても、まだ感覚があるというのは不思議なことだが――荷電粒子砲の一撃が過ぎ去り、おかしくなっている目と耳が徐々に正常な感覚を取り戻してくると、土煙の中で両手を前面へと突き出している老婆の姿があった。


「ふぅ……皆さん、無事ですか?」


 そう言いながら振り返るアシモフの顔は、汗でびっしょりになっていた。袖も敗れてしまっており、そこから覗く両手も焼き爛れてしまっている――恐らく彼女が七星結界で自分たちを護ってくれたと言うことなのだろう。


「は、はい! ありがとうございます、アシモフさ……!?」


 自分が礼を述べようとした瞬間、煙の奥から何かが急接近してくる気配を感じた。しかし感知ができただけで、アシモフを救うのには間に合わず――老婆の身体が巨大な手によって掴まれると、アシモフはそのまま煙の奥によって消えていってしまう。


「アシモフさん!」


 巨人が勢いよく腕を引く衝撃で煙が晴れると、巨人の顔の目の前でその身を拘束されているアシモフと、教会の頂上で高笑いをしているルーナとが視界に入ってきた。


「ははは! いいぞ! そのままそやつをくびり殺してやれ!」


 巨人の腕に握られ、鈍い音と共にアシモフは口から鮮血を噴き出した。それだけでなく、巨人の拳から血が滴り落ちている。かなりの力で握られてしまったのだろう、あの手の中の惨状を想像するだけで目を背けたい心地がしてくる。


 最初こそアシモフは苦し気に表情を歪めたのだが、すぐに毅然とした様子で巨人に命令を下した白髪の少女を睨みつけた。


「……あまり私を甘く見ないで、ローザ」


 そう言って、アシモフは握られることを逃れていた腕を動かし、巨人の指の関節の隙間に何かの配線を繋げ、空中に浮かぶディスプレイを焼き爛れた手で叩き始める。直後、彼女を握っていた巨人の挙動がおかしくなり、少し抵抗するように揺れた後、膝を地面に降ろした。


 そして巨人はゆっくりと――大事そうに腕を自らの額の近くに近づけた。アシモフはそのまま微笑みを浮かべながら、その額に手を当てた。


「……正気を取り戻したのですね、アズラエル」

「ちっ、ユミルの電脳に直接ハッキングをかけ、アズラエルの人格を引き出しおったか……じゃが、こちらの目標は達した。その出血では助かるまい。それに、所詮そやつは捨て駒……そうじゃ、良いことを思いついたぞ! 役に立つがいいウリエル、アルジャーノンに貢献できる、貴様の最後の仕事じゃぞ!」


 ルーナは邪悪な笑みを浮かべながら空中に浮かぶモニターに何かを叩くと、巨人の胸が再び開け放たれ、巨大な砲身が再び姿を現した。ユミルにハッキングが出来たといっても、搭載されているAIが複数に及んでいるので、アシモフもその全てに干渉できたわけではないということなのだろう。


「それは地雷じゃ! 貴様がそこから離れればすぐにでも荷電粒子砲が発射される! 先ほどの一撃はエネルギーを温存するために全力でなかったが、今度こそは七星結界でもイスラーフィールの半物質バリアでも防げん一撃じゃ! どの道、その傷ではもう助からんじゃろうが、せいぜい最後まで足掻いて見せるのじゃな!」


 そう言い残し、ルーナは背後に現れた亀裂の奥へと消えていった。砲身の向いている方角を考えればあの場所は安全だったはずだが、万が一の安全を考えて退避したのか――そもそも、あの巨人自体も彼女にとっては使い捨てだったということなのだろう。


 視線をアシモフの方へと戻すと、巨人の顔についているスピーカーから声が聞こえ始める。声そのものには多少違いがあるものの、その口調は確かに以前に聞いたことがある。間違いなくアズラエルのものだろう。


「レア様、申し訳ございません……主を手に掛けようとするなど、騎士の名折れです」

「いいえ、むしろ貴方は最後まで私によく仕えてくれました……事実、こうやって最後のチャンスを私にくれたではありませんか」

「ですが、ルーナの言うように、貴女がこの場から離れたらすぐにでも荷電粒子砲を発射してしまいます。何より……その出血では、もはやその身はもたないでしょう」

「良いのですよ……私の役目は既に済んだのですから。後は、この身をせめて、あの子に……」


 アシモフはそこで言葉を切って、目を細めながら天を仰いで頷いた。その視線の先から、炎と氷からなる羽が舞い降りてきて――巨人の頭の上に金髪の美しい天使が舞い降りてきた。


「……良いザマね、ファラ・アシモフ。改心したと言っても、貴女が犯した罪が消えるわけじゃない……これは当然の末路よ」


 今の言葉は、ソフィアの肩に乗っている機械の鳥の口から紡がれた。その声色は冷たい様子であったが、どこか寂しげな様にも聞こえる。対するアシモフは口元に微笑を浮かべながら瞳を閉じて頷き返した。


「えぇ、そうね……貴女の言う通りよ、グロリア。こんな私が貴女にお願いする立場ではないかもしれないけれど……ユミルの頭部ごと、私にトドメを刺してくれないかしら?」

「……何?」

「巨人の頭部を破壊すれば、発射命令を下しているコアごと破壊できる……私が止めている間に頭部ごと打ち抜けば、荷電粒子砲の発射を止めることができるわ」

「私が聞きたいのは、そんなことじゃ……!」

「……私の役目は、右京らに抵抗できる戦力が整うまで、子供達の心を絶望に落とさずに繋ぎとめること。それが為された今、もはやこの身はどうなっても構わない。

 どうせこの出血では、もう助かりはしないし……せめて最後に、親らしいことを出来なかった罪の償いに、貴女にこの命を差し出せるというのなら、なかなか上出来よ。

 でも、少しだけ待って頂戴……他の子どもたちにも、最後に挨拶をしておきたいのです」


 アシモフは視線を下げて、身を可能な限り後ろに逸らした。敵が去って広場に集結している人々に自らの声が少しでも聞こえるように、少しでも彼らの姿が見えるようにしたのだろう――老婆は落ち着いた、しかし良く通る声で語り始める。

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