2-33:暁の凱旋
極太ビームが地上に穴を開けたと思ったら、紫髪の女がその中に跳んで入っていき、幾ばくか轟音が鳴り響いた後に、まずデカい鉄の棒が穴から飛び出してきた。それが地面に刺さって後、今度は衣服がボロボロになって気絶したジャンヌ――外傷が見られないのは、気絶させてから回復魔法を掛けたのだろう――を抱えて、先ほど穴に飛び込んだ女が出てきた。
よくよく見ればその女、ソフィアと同じくらいの身長しかない。とはいえ、雰囲気は少し落ち着いており、年齢的にはクラウと一緒くらいか、しかしその小柄な体で大人の女性を抱えているのを見ると、なんだかアンバランスな感じがする――もっとも、その数十数倍は重いであろう鉄塊をぶん投げているのだから、恐らく女性を抱えるなど朝飯前なのだろうが。
そして、ジャンヌを瓦礫の壁に横たえている女に、テレサが近づいて行った。
「アガタさん、お疲れ様です」
「えぇ、テレサ様も」
アガタと呼ばれた女は立ち上がり、肩にかかる髪を払った。そして、周囲を見回し――こちらと目が合う。いや、正確には俺を見ているわけではなく、隣にいるクラウを見ている、という方が正しいだろうか。
「……クラウも、お久しぶりですわね」
「えぇ……アガタさんも、相変わらず滅茶苦茶なようで、安心しました」
クラウの声には、若干感情が籠っていない。しかし、アガタと言えば――というかテレサと一緒に行動していて、クラウと知り合いのアガタなんぞ、この世に二人といないだろう。彼女こそが、噂のアガタ・ペトラルカか。
クラウのご挨拶に、アガタは小さくため息をついて、首を左右に振る。
「やれやれ……嫌われたものですわね」
「別に……そんなことないですけど」
なるほど、確かにクラウらしくない。ここで「そうですよまったく」とか返すのがいつものクラウだ。本当に苦手意識があるというか、相手のことを許せていないからこその距離感があるようだ。
「でも……感謝いたしますわ、クラウ。貴女とその仲間が居なければ、レヴァルは陥落していたかもしれません」
「そうですね! 感謝感激、雨あられですよ! お義姉さま、クラウさん、あと、えーっと……?」
テレサはポン、と手を叩いたと思ったら、こちらを見て首を傾げた。確かに、自分はこの馬の骨とも知らない謎の男なのだから、その反応も仕方なしか。
「俺……私は、アラン・スミスと申します。お見知りおきを、テレサ姫、アガタさん」
「……うわっ、アラン君の敬語、どちゃくそ似合いませんね……!」
「いや、だって相手はお姫様なんだ、失礼があったら大変だろうが……!?」
クラウから茶々が入るが、それは少し調子が出てきたものとして良しとする。テレサの方は「アランさん! よろしくお願いします!」と元気に挨拶してくれたのに対し、アガタはこちらを真剣な目でじっと見つめている。
「……アラン・スミス……」
「えぇっと……俺の顔に何か?」
「いえ、なんでもありませんわ。よろしくお願いいたします、アランさん」
それだけ挨拶をして、アガタはジャンヌのほうへと戻っていってしまう。向こうは向こうでクラウと対峙するのが気まずいのだろうし、こちらからも変に声をかけることもないだろう。
「……あー! アランさん! クラウさん!」
今度は、背後から聞き馴染みのある声が聞こえる。振り返ると、ソフィアがこちらに小走りで近づいて来ていた。
「良かった、無事だったんだね!」
「あぁ、ソフィアも……城壁の外で戦っていたのか?」
「うん! 街の外を徘徊していたアンデッドは殲滅できて、増援の獣人たちは先生が追い払ってくれて……そうだ、先生を紹介するよ!!」
ソフィアが振り返った先には、背の高い、やせ型の男性がゆらりと歩いて来ていた。無精ひげにボサボサの髪なのだが、清潔感が無いというよりワイルドな印象で且つ、眼鏡とその奥にある瞳がどことなく知的な雰囲気も併せ持つ中年といった印象だ。
「ふぅ……やれやれ、若い子は元気ですね。老骨はもうへとへとですよ……」
そう言いながら、男性は目元にしわを寄せてソフィアを見ている。
「ディック先生、老人って程の歳じゃないでしょう? アランさん、クラウさん、エルさん、こちらはアレイスター・ディック先生。学院の教授で、私の先生だった人なんだ」
ソフィアの紹介を経て、ディックは長い杖を地面につきながら会釈をする。
「ご紹介に預かりました、アレイスター・ディックです。オーウェル准将が心を開いているようで、感謝申し上げますよ」
「もう! だから准将呼びは止めてください! ここには、他の兵たちは居ませんし……」
「ははは、そうですね……ソフィアが世話になりました。ここに来るまでにも、アナタのお話は伺いましたよ、アランさん。なんでも、記憶喪失で大変だとか……」
その後は少しの間、穏やかな時間が流れる。まだ魔王が残っているものの、この地に魔将軍は全て倒れ、一時の戦勝ムードが漂っている。ソフィアの指示で兵が配備されていたおかげで避難していた街の人々も次第に戻ってきており――もちろん、この惨状に俯く者もいるが、多くの者はこの黄昏の中に、嵐が去った喜びを見出してくれているようだった。
こちらは自然と、クラウとソフィア、そしてディックとの歓談になり、エルとテレサとが会話をしている。アガタは何やら兵や聖職者たちに指示を出し、ジャンヌの身柄の拘束を進めているようだった。
「……なんだか、皆楽しそうだね」
人々の声が入り混じっているはずの広場に、その声はハッキリと耳に入ってきた。他の者たちも同じだったようで、声のした方、丘からの帰り道のほうを一様に見つめる。
だが、自分だけはその反応が少し遅れた。何者かが自分の衣服を引っ張ったからだ。
「……ソフィア?」
見れば、ソフィアが縮こまるように、自分の身の後ろに隠れて遠くを見ている。何かに怯えているのか、あの勇敢なソフィアが――そしてやっと、こちらも声の主の顔を覗き見る。
その者は、なんとなくだが、この世界にとって特別な存在という感じがした。西日に輝く茶色掛かった黒い髪に、マントを羽織った中肉中背といった風貌、そして極めつけは背負った巨大な剣――左の腰の裏から覗く鞘の太さは、小さな子供程度なら丸々後ろに隠れられそうな程である。
「……初めましての人たちもいるね。僕はシンイチ・コマツ……本当は、小松真一って言った方がしっくりくるんだけれど」
柔らかく笑うその表情は、怯える要素などどこにもない、優しい好青年といった雰囲気であり――異世界の勇者シンイチは、人懐っこい表情でこちらを見つめていた。
【作者よりお願い】
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