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12-49:師の抵抗 中

「何より、今の君には以前にあった神秘的な力が欠如している。結果論ではあるが、君はくだらない研鑽を積んでいる暇があれば、絶対たる一を追究するべきだったんだよ。

 僕はそれを君に期待して、もう一度こうやって会いに来たんだが……どうやら見込み違いだったようだ。君はこの一年の間に、そこら中の凡夫と変わらない所まで己の精神性を貶めてしまったのだから。

 もしかしたら、君と融合したグロリア・アシモフの影響で、くだらない復讐心に聡明な思考を呑まれてしまったのかもしれないが……」

「……かにしないで」

「……うん?」

「グロリアのことを馬鹿にしないで!」


 自分の名前が出たことで、ソフィアの聡明な思考を怒りがかき消してしまった。自分のために怒ってくれるのは嬉しい半面、この状況を打破する方が先だ――そう伝えようとするよりも早く、ソフィアの思考はそのまま彼女の口からあふれ出てくる。


「確かにグロリアはお姉さんぶって、私のやることなすことに茶々を入れてきたりはしますが……いつだって私を気遣ってくれてるのは、思考を共有しているから分かってるんです。

 そんな優しい人のことを悪く言うのは……私の大切な半身を貶めることを言うのを、許すことはできません」


 口調が徐々に落ち着いてきたのは、大声を出したことで感情が少し落ち着き、理性でコントロールできるようになったおかげだろう。しかし、あくまでもコントロールしているだけ――ソフィアの中に燃える怒りの感情は、消え去るどころかより大きく燃えあがっている。


 その怒りとは対照的に、アルジャーノンは人を小ばかにしたような表情でこちらを見下していた。


「はは、許す気など最初から無いだろうに」

「えぇ、もちろんです。ですが……今のでより許せなくなったのは確かです」

「おぉ、怖い怖い……しかし、君が最強の第六世代型アンドロイドだということも疑いようのない事実さ。つまらないルーナの作ったつまらない機体だが、確かにルシフェルはスペック上は強力な第五世代の内の一機……それを瞬殺できるだけの力がある君を野放しにする訳にもいかない。

 だから、ここで消えてもらうことにしよう……もう君に対する興味も失せたからね。心置きなくトドメをさせるってものさ」


 途中までニヤついていた表情は、最後には冷酷無比の無表情へと切り替わり――男は魔術杖のレバーに手を伸ばした。単純に威力のある魔術というだけなら、まだソフィア自身がチェンから渡されている護符と、自分の七星結界で凌ぐことは可能なはずだが、奴の言う百万の魔術の中には、結界を無効化するような魔術もあるかもしれない。


 何より、あの男が次は無いと言えば、それは事実であるという凄味がある。人をなめ腐った態度こそ取っているが、決して怠惰な男なわけではなく、知識に対する探求心とその研鑽は比類なき傑物でもあるのだから。


 せめて機械の体で時間を稼ぎ、その間に少しでも距離を稼ぐべきか。自分の本体はある種ソフィアの左腕となっており、ソフィアが存命ならばいかようにも再起は図れる。しかし、こちらが距離を稼ごうとすることなどもアイツは読んでいるだろう。


 何より、先ほどのダメージがあるせいで、スピードを出して離脱することも難しい。どうする――そう思っていると、今更ながらに異変が起きていることに気づく。レバーにかけた男の手は微動だにしていないのだ。


「また邪魔をするのかね、ディック君。この一年間で随分と従順になっていたと思っていたが……成程、僕の目を欺いて来たるべき時に備えていたということかい。

 だが、止めておきたまえよ。自分の娘のようになどと倒錯した感情をソフィア君に抱いているんだろうが……もはや彼女は、君が魂を掛けるほどの相手じゃないんだから……」


 言葉が切れたと思うと、男の体がガクッとうなだれ――再び顔を上げると、男の雰囲気が変わっていた。


「……ソフィア、今のうちに……この身体に、トドメをさしてください」

「……先生!?」


 アルジャーノンが言っていたように、アレイスター・ディックが一時的に身体のコントロールを取り戻したということなのか。とはいえ、どうやら完全に取り戻したという訳ではなさそうで、身体は妙に硬直している。恐らく動かせるのは、首から上と右手くらい――それ以外は未だにアルジャーノンがコントロールを有しているのだろう、だから浮遊の魔術も切れていないし、魔術杖も左手で強く握ったままだ。


 しかし、七柱の創造神から――最後の世代に対して絶対の服従を強いられる第六世代型が、一部と言えども身体のコントロールを取り戻したのか。その点は、流石ソフィアの師匠というべきだろう。恐らくこのような事態が起こることを――アルジャーノンが自分たちが生きていたことを驚いていたくらいだから、まさか愛弟子にもう一度会えるとは思っていなかっただろうが――予測して、一瞬だけでも魔術神に対抗するための隙を伺っていたということに違いない。


 師匠の身体といえども問答無用で攻撃を仕掛けていたソフィアだが、やはり師匠に対する尊敬の気持ちはある――それで本人が出てきて動揺したのか、少女は宙で硬直している師匠をじっと見つめている。それに対してアレイスター・ディックは顔の筋肉を無理やり動かし、愛弟子を落ち着かせるように微笑を浮かべた。


「迷わないで、良いのです……貴女に手を掛けられるというのなら……それこそ、本望というものですよ……」

「ですが……」

「私が、身体のコントロールを奪っているうちに、早く……時間はありません……!」


 師の言葉にソフィアは一瞬だけ肩を揺らし――しかしすぐに決意を胸に魔術杖のレバーを引いた。

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