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12-48:師の抵抗 上

 男の異様な変化にソフィアも気付いたのか、攻撃の手を止めて少し敵から距離を取った。その判断は全く正解であった。突如として、ソフィアが居た場所に黒い手のようなものが伸び、彼女の四肢を捕まえようとしていたのだから。


 寸でのところで闇の拘束魔術を躱したまでは良かったのだが、更なる異変が立て続けに起こり始める。まず、アルジャーノンを中心に衝撃波が走ると、ソフィアが自身に掛けていた補助魔法が解かれてしまったようだった。


 次いで、男の周りに浮かんだ二つの魔法陣から冷気が放出される。攻撃魔術ではなく、生物の動きを阻害する魔術だ。その結果、こちらの動きが制限されてしまう――ソフィアが一年前にガングヘイムでセブンスを破った時と同じ戦法をアルジャーノンは取ってきているのだ。


『ソフィア、距離を取って! 私が時間を稼いでいるうちに、体制を立て直すの!』

「……安易な援護だ。二人揃って潰れるがいい! 漆黒の重力禍【ブラック・グラビティウェイブ】!」


 アルジャーノンはこちらがソフィアと位置を入れ替わろうとしていることを読んでいたようだ。レバーを手早く引いて高速詠唱を済ますと、七つの魔法陣が体制を立て直そうとするソフィアを上から取り囲むように飛び交った。


『チェンの護符を!』

『分かってる!』


 先ほどは自分が七星結界を編んだが、もちろん即席で出せる結界の準備もしてある。ソフィアは袖から護符を取り出し、七枚の結界が現れるのに合わせて、上から稲妻をまとった巨大な漆黒の球体が現れ、こちらに向けて落下してきた。


 アレは、リーゼロッテ・ハインラインの操るヘカトグラムと同じ重力波――その中心の圧力に対し、正面だけの結界だけでは耐えられない可能性もある。防御に全振りするために自分も杖の先端に戻り、そのまま断りもなく再び少女の身体を借り、重力の渦に巻き込まれる前に杖のレバーを引いて、身体全体を取り囲むように自前の結界も展開する。


「うぐ……うぅぅ!」


 少女の口から発される呻き声は、痛みに反応して自分があげているものだ。結界によりある程度保護されているものの、重力波に巻き込まれて四方から来る強力な圧力により、ダメージを完全にカットすることは出来ず、真っ暗な渦の中で痛みに耐えることしかできない――なんとか魔術が途切れるまで結界で耐え続けると、気が付けば身体は地面すれすれまで落下しており、浮力を失った少女の身体はそのまま地面へと叩きつけられた。


 直後、身体のコントロールをソフィアに取られ、自分の意識は機械の鳥へと戻る――幸い、同じく結界で護られていたおかげで完全に破壊こそされなかったが、翼が幾分かやられており、上手く体を動かせなくなっていた。


『ソフィア、大丈夫!?』

『これくらいの痛み、なんてことない……!』


 ソフィアはそう言いながら手早く回復魔法を掛けた。骨や内臓へのダメージはあるが、出血は少ないため魔法でのリカバリーは可能だ――すぐに上空に居る魔術神の方を見上げた。


「……つまらないね」

「……え?」


 ソフィアが頓狂な声を上げたのは、男が追撃の姿勢を見せずに、本当につまらなそうに首を横に振っていたからだろう。


「全くつまらない。確かに僕はリーズや熾天使ほどに接近戦ができるわけじゃないし、その隙を突こうというのはある意味では合理的な判断だろう……それに、七星結界に神聖魔法、パイロキネシスと魔術の融合など、君がかなりの修練を積んだことは分かる。

 だが、それだけだ。そもそも、苦手を克服することは、得意とすることを伸ばすのに比べて労力のわりに得られる成果は少ないんだ。君はその馬鹿みたいな棒術の体得なんかしている暇があれば、君の持つ力を伸ばすべきだったんだ」


 男はそこで言葉を一度切り、今度は笑顔を見せてきた。その笑みは、侮蔑を含む嘲笑であり、攻撃的な意味をはらんでいる。


「ま、超能力と魔術の合わせ技についてはなかなか斬新なことは認めるけれどね。それも所詮、既知の中にあるモノの組み合わせだ。それに対応できない僕じゃない。

 我武者羅に強くなろうとしたんだろうが……だが、所詮は一年だ。君の一年間の努力など、万年を魔術の研鑽につぎ込んできた僕の前では、ちょっと塵が積み重なった程度のものに過ぎない。

 僕の頭の中には、百万を超える魔術があるんだ。別に戦うのが好きなわけじゃないが、君のありとあらゆる技に対処できる何某かの対応策はあるのさ」


 そう言いながら、男は自分の側頭部を指で叩いて見せた。悔しい所だが、彼の言は慢心から出るものでなく、事実そのものではあるだろう。


 自分たちだって、アルジャーノンのことを甘く見ていた訳ではないが――彼はチェン・ジュンダーが星右京と並んで最も警戒していた男であり、戦闘力に関しては強力なアンドロイドが多く存在する中でも最強と評していた男だ。


 その所以は、彼が言っていた通り、多彩という言葉で語りつくせないほどに操ることのできる魔術にある。単純な破壊力は勿論だが、第七階層まで含めれば、彼は自然現象を想いのままにコントロール出来るのだ。つまり、こちらの戦法に対しても必ず何かしらの対抗策を持っているとも換言できる。


 ただせめて、肉体的には壮年という弱点さえ突ければと思ってはいたのだが――妨害魔法を仕掛けてくるくらいは読んでいたが、補助魔法のディスペルは既知の外だった。この一年間で様々な可能性を検討していたが、その虚を突かれたせいで隙が生じ、そこから地面に引きずり降ろされてしまった。


 もちろん、自分もソフィアも諦めてしまっているわけではない。ソフィアはこの状態でも頭を全力で回転させ、この状況を打破する手段を模索している。今だって、相手がベラベラと話している間に少しでも呼吸を整えようとしているのだが――アルジャーノンの側もこちらが反撃の糸口を探そうとしていることなど分かっているだろう、隙の無い目線でこちらを見下ろしている。

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