12-45:因縁の邂逅 上
シモンを安全な所まで退避させた後、自分たちも素早く城塞都市防衛のため移動を始めた。鳥の目で見れば――正確には機械の目だが――かなり遠方まで見渡せるため、上空から見渡せばおおよその状況は把握できる。
『グロリア、様子は?』
『今確認しているわ……ちょっと待って』
普段はなるべく口頭で話すようにしているが、高速で移動中では声が聞こえにくいため、今は脳内での会話に切り替えている。また視界に関しても、機械の体で見ている視界をソフィアに共有することも可能だ。この場合、脳に映像のみを共有することも可能であるし、今はこちらの視界そのものを共有している。むしろ飛行している時には遠方まで見える方が利便性も高い。
さて、状況としては次のようになる。先ほどの魔術により飛行型の殲滅は済んだようだ。陸路からレヴァルを目指している第五世代型達もいるが、数はそう多くない――と言っても大雑把に見積もって百機程度が東の方から進行してきていた。アレだって第六世代アンドロイドたちにはかなりの脅威になり得る。
何より厄介そうなのは、城塞都市の中央広場に巨人のような大型の敵が現れていることだろう。今はナナコたちがどうにか対処しているようだが、あの巨躯をどうにかする火力は無いはずだ。魔剣ミストルテインがシルヴァリオン・ゼロと打ち合えたのは過去の話、自分たちの側にモノリスがあってのことであり、今あの剣には放出するエネルギーがないためだ。
城塞都市の状況を把握して、ソフィアは『急ごう』と脳裏で呟きながら更に速度を早めた。ソフィアの思考や感情は、接合した腕を介して全て共有されている。少女が如何に表面上はクールに取り繕っても、彼女の熱い部分は自分には筒抜けだ。
ソフィアはあの朽ちかけた城塞都市に残る人々や、あの場で戦っている仲間を大切に想っている。先日ナナコに八つ当たりしたこと自体はいただけないが、アレもソフィアなりに感情を整理するのに必要だったのだろう。ただ唯一、母親に関しては重いコンプレックスがあるようだが、それも自分としては共感できる部分だ。
ともかく、そういう子だからこそ力を合わせようと思ったのであるし、最近は年頃特有の先鋭的な感受性で――もちろん、アラン・スミスを奪われた復讐のために血のにじむような努力をしたのも理解しているし、同時に右京らを倒すために生半可な感情を切り捨てたというのも分かっているが――こちらが気恥ずかしくなるようなネーミングセンスがもう少し落ち着いてくれれば――。
『ちょっとグロリア、くだらないことを考えるのは止めて……』
『ソフィア、身体を借りるわよ』
一応断わりは入れたが、同意を得る前に少女の身体のコントロールを一時的に切り替え、超音速で飛来してきてた敵の襲撃に備える。生身で超音速戦闘をこなすために自分たちが編み出した答えがこれだ。機械の眼があれば超スピードを認識することも可能だし、またソフィア・オーウェルの豊富な魔術があればこそ、相手の動きを阻害することも不可能ではない。
接合した自らの腕で――ソフィアと繋がって久しく、既に彼女の体の一部と言って指し違いないほど馴染んでいる――魔術杖のレバーを引いて第六階層の魔術を編み、周囲の温度を一気に下げる。その冷気は、一気に空気を凝固させるほどのものであり、空気の質量を考えればその密度はたかが知れているが、広範囲の気体を凍らせれば超音速で動く物体の進行を阻害するのには十分な壁になる。
案の定、ソフィアの身体に狙いを定めていた優男風の第五世代型は、こちらへの接近を断念して氷の壁を避けるのに専念し始めた。なかなか高性能のようであり、見事に軌道を変えながら減速し、衝突しそうになる氷塊に対してはバリアを張りながら直撃を避けているようだった。
その間に杖を回して第三階層の魔術弾を装填し、そのまま魔術を編んで周囲に電磁波を発生させる。威力こそないが、電磁波は相手のレーダーやセンサーの類をバグらせる魔術――これはこの一年間で編み出した魔術であり、とくに空中を超音速で飛ぶ相手には効果的だ。
氷の壁と電磁波により空中を飛びまわれなくなった第五世代型は、追い詰められている割に冷静な表情で剣の切っ先をこちらに向けた。その背後に蠢く赤黒い光を放つ羽から、何やら粒子がその切っ先に集まっていき――成程、アレが相手の切り札と言ったところか。
光の屈折で位置をずらすなり、移動してこの場を離れるなり、色々と取れる防御策はあるが、相手の攻撃がどのようなものか未知数だ。追尾性能が強力なことを想定すれば、真正面から対策するのが一番だろう。今の自分には、それだけの防御力があるという自負もある――そう思い、相手のエネルギーを充填しきる前に左手で魔術杖のレバーを引き、第七階層の魔術弾を装填する。そしてすぐに魔術を編み――これは自分がチェン・ジュンダーから賜った魔術の一つの到達点だ。
編まれた魔術を掌に載せ、腕を身体の正面へと突き出す。同時に、第五世代の持つ剣に集められたエネルギーが臨界点を超え、一気に放出される。視界一杯に赤黒いレーザーが映し出されるが、それがこの身を撃ち貫くことは無かった。何故なら、掌の先にある七枚の結界が、相手の攻撃を遮断しているからだ。
強力な一撃ではあったのだろう、結界の内六枚は割られてしまった。しかし、最後の一枚が砕け散る前に視界が拓け――その先には、自分が紡いだ魔術を見て困惑したようにこちらを見つめる第五世代の姿があった。
「七星結界!?」
「驚いてくれて光栄ね。だけど、何も不思議なことは無いわ。七星結界は、モノリスに触れた最後の世代しか使えないという条件がある……私はその条件に合致しているのだから」
ソフィアの声で自分の言葉が紡がれるのは妙な気分だが――瞳を閉じ、身体のコントロールをソフィアに戻す。高性能なバリアを持っているとなれば、それを上回る一撃が必要になる。その一撃は彼女にしか編むことができない。
ソフィアは手早く右手でレバーを引き、既に編んでいた第七階層魔術の詠唱を手早く始める。氷の壁と電磁波によって身動きが取れなくなっているアンドロイドの周りを六つの魔法陣が舞い――この機械の身を杖の先端に止めると、少女はそのまま杖で正面にある魔法陣を突き出した。
極限の冷気を纏った青白い光線が空中を乱反射しながら標的に向けて飛んでいき、敵のいた地点に巨大な氷塊を作る。重力下における擬似的な絶対零度、本来ならそれだけで十二分な威力はあるのだが――以前にウリエルにはトドメになり切らなかったことを想定すれば、恐らく彼を上回る性能をしている天使は何某かの手段で生き残るかもしれない。
しかし、こちらもこれで終わりではない。ソフィアは追撃のために自らが創り上げた巨大な氷塊に接近していく。
「力を貸して、グロリア。シルヴァリオン・ゼロ……!」
少女の願いに力を貸すため、機械の身を起点に灼熱の炎を杖に纏わせる。その熱気は、自らの進行方向にある氷の壁を徐々に溶かしていき――ソフィアは杖を両手に持ち、敵の上空から氷炎の翼をはためかせ、一気に氷の檻へと急降下を始めた。
「レクイエム!」
炎が氷の檻を呑み込み、少女の体はそのまま地表近くまで降下して――地面すれすれでソフィアは綺麗にホバリングした。鳥の身体で肩に戻るのと同時に、背後の中空で大爆発が起こった。極限に近い低温で冷やされた原子が一気に温度を上昇させられ、壮絶な熱膨張を起こして爆発を起こしたのだ。要するに、ウリエルを倒したときに自分とソフィアで起こした熱衝撃を、以前より更に高威力に昇華した形だ。
ソフィアは確かな手ごたえがあったのか、振り返るまでもないと言わんばかりに杖から廃莢している。一応自分が確認のために首を回すと、背後の空には塵一つ残っていなかった。




